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明智さんちの旦那さんたちR  作者: 明智 颯茄
リレーするキスのパズルピース
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同僚と恋人/8

 デジタル頭脳ではきっちりカウント済み。蓮の天使のように綺麗な顔は怒りで歪み、気まずそうに咳払いをして、こっちもこっちで言い返した。


「んんっ! わからないから答えられない」


 本人がわからない以上追求するわけにもいかず、光命は相づちを打ち、別の質問を投げかけた。


「そうですか。他には何か思うところはありましたか?」


 夕闇が広がり始めた店外に、ランプのオレンジ色の炎が一斉に灯った。2人の頬をユラユラと影を低く高くしながら照らす。


「お前が他のやつに、悪戯しているのを見たことがあった」


 手首につけた香水をかいで、様々な香りのシンフォニーに身をゆだね、光命は否定もせず疑問形。


「どのような内容ですか?」

「言葉をすり替えていた。相手が混乱するような言葉をわざと次々に言って、相手が戸惑っている内に、自分が決めると言って、取り消しはできないと約束させて、いつも相手を自分の思った通りに罠にはめていた」


 策という鎖でぐるぐる巻きにした上に、突き落とすような冷血無情な罠。それなのに、くすくすと笑いもせずに、優雅に微笑んでいる光命。彼はおどけた感じで、こんな言葉を口にした。


「おや? そちらを見られていたとは知りませんでしたよ」

「いつも見ていた。そして、最後に光は、その人間が望んでいることを叶えてやっていた。プレゼントをしたり、相手を思いやる言葉を投げかけたりだ」


 人が幸せになることをするためにしていることであって、決して自分ひとりが楽しむためにしていることではなかった。神経質な指先は、夜色と交わるオレンジの光を、ティーカップの縁でなぞる。


「他には何かありますか?」

「話したいと思った」

「えぇ」

「だから、お前に話そうとしたら、お前が先に話しかけてきた」


 ここまで、同僚同士の普通の話だった。行きつけのカフェにきて、お互いの好きな飲み物を注文して、潮騒という癒しの中で、語る昔話。だが、次の光命の言葉で今までの会話が何だったのかが、明らかになった。


「えぇ、あなたの視線がいつも私に向かってきていましたからね、私に気があるのだと以前から知っていましたよ」


 さっきからの会話のオチがやってきて、テーブルの端で黙って聞いていたサボテンが笑い声をもらした気がした。


「……………………」


 動きもしない銀の長い前髪の前で、光命はくすりと笑った。悪戯が成功したために。


「返事がないということは、今頃気づいたと思っている……という可能性が99.99%」


 蓮は組んでいた両腕をといて、手でテーブルの上を力任せにバンと叩いた。


「なぜ、お前らは嘘をつく? さっき、見られていたと知らないと言っていた」


 テーブルごと全てを切り刻みそうな鋭利なスミレ色の瞳は、怒りでプルプルと揺れていた。


 中性的な唇につけられたティーカップが、ソーサーという玉座にカチャッと戻ってきた。光命は頬杖をついて、自分の思惑通り怒って、きちんと反応している相手を、楽しげに見つめた。


「策士は罠を成功させるためならば、どのような嘘でもつきます。ですから、孔明も月も焉貴も、必要ならば嘘をつくのです」


 全てを洗い流すように、コップに入った水を一気に飲み込んだ。蓮は怒りを収め、ナプキンで綺麗に口元を拭いて、態度デカデカでこんなことを言う。


「いい。許してやる」


 サファイアブルーの宝石がついた指輪は、中性的な唇に口づけさせられ、くすくすという笑い声を間近で聞かされた。


「おかしな人ですね、あなたは。許しは誰もうていません」

「んんっ! お前もあれと同じことを言うとはどういうつもりだ!」


 気まずそうに咳払いをした蓮の人差し指は勢いよく、テーブルの向こうで笑っている男に突きつけられた。


 あれ。それが誰かわかるふたり。急にまわりから切り取られてしまったような世界で見つめ合う。冷静な水色の瞳と鋭利なスミレ色のそれは。あれの面影をそれぞれの脳裏に浮かべながら奏でられる、共有という五線譜の和音のような絶妙な交響曲シンフォニー


 やがて、光命の唇が結婚指輪に軽く触れて、目の前にいる男に言葉を返した。


「私と彼女は似ているのですから、仕方がないではありませんか」

「……………………」


 あれとこの男は似ている。何とも言い返せない理由。蓮は組んでいた足をといて、気まずそうに視線を外へ向けた。


 ピンクとオレンジと紫が混じった夕闇の幻想的な空。こんな綺麗な色にも気づかないほど、必死で生きてきた、あの女の長い髪が、どこかずれている瞳が、まるですぐ後ろで背中合わせで立っているように近く感じた。


 しばらく黙り込んだ光命と蓮。彼らのまわりには様々な音が、あれのいない空間で響いていた。食器のぶつかる音。他の客の話し声。打ち寄せる波音。店内に流れるBGM。

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