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明智さんちの旦那さんたちR  作者: 明智 颯茄
リレーするキスのパズルピース
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同僚と恋人/2

 お安い御用だとばかりに、ディーバはうなずこうとした。だが、ステージの袖にいた他のスタッフたちの様子が、おかしくなったのに気づき、言葉を途中で止めた。腕を組んだまま、鋭利なスミレ色の瞳は天幕の向こうの、ステージ上とは対照的に、いかにも裏側といった感じの粗雑なところへやった。


 暗幕がスルッと寄せられると、さっき廊下を歩いていた、貴族服の男がやってきた。こんな服装の人は、このコンサート会場どころか、街角にもいない。疑問という動きで、ディーバはぎこちなく首を傾げると、銀の長い前髪に隠された右目があらわになった。


 真っ直ぐ自分のところへ、その男は近づいてくる。胸元にバッチが見えるようになると、組んでいた腕をといた。


「……その紋章……」


 それは獅子を中心とした、神がかりなデザイン。この世界に住んでいる者なら、誰でも知っているもの。それがどれだけ恐れ多く、高貴に光り輝くものか、スタッフたちももちろんわかっていて、全員思わず息を飲んだ。


 そして、すらっとした銀髪の男を、貴族服の人はこう呼んだ。


「明智 蓮どの」


 芸名ではなく、本名だった。


「皇帝陛下が謁見の間へお呼びでございます」

「陛下が……?」


 この世界を治めている人から、直々の呼び出し。瞬間移動が使えるからこそ、何の前触れもなく、こんなことも起きる。だが、理由などどこにも見当たらず、蓮はただただ、鋭利なスミレ色の瞳をさまよわせた。


 他のスタッフたちも顔を見合わせ、一億人も収容できる多目的大ホールに緊張が走った。嵐の前にように静まり返ったステージの上に、貴族服を着た男のこんな言葉が続けざまに出てきた。


「至急、参上さんじょうたてまつり、まつり、たもうり、明かりとり、一人きり、イガグリ、やっぱり、ベッタリ……」


 どこか壊れている感。いや完全に壊れている、この陛下の部下は。客席に座っていたスタッフの一人が吹き出した。


「ぷっ!」


 それを合図に、緊張感が一気に大爆笑の渦に変わってしまった、多目的大ホール。他のスタッフたちもゲラゲラ笑い出した。


「あははははっ!」


 お笑いだと気づかない、孤島に取り残されているような本人――蓮が不思議そうに今度は逆に首を傾げると、スミレ色の瞳の前を銀の長い髪がサラサラと大量の針が落ちてゆくように動いた。


「ん?」


 まわりにいる人々をゴーイングマイウェイで気にした様子もなく眺めていたが、貴族服の男が十分間を置いたところで、わざとらしく咳払いをした。


「んんっ! 陛下が作られた決まりでございまして、城では何か行動を起こす時には、必ず笑いを取るようにとのことです。ですから、今しがた、してみたのですが……。ちなみに、『り』でいんを踏んでみました」


 射殺しそうなほど、スミレ色の瞳は鋭利になってしまった。だが、それは本人が意図してやっているのではなく、普通に考えているだけなのだ。


「……………………」


 しかし、相手からしてみたら、ガン見された状態で、右に左に首を傾げながら、スースーと顔が近づいてくる。パーソナルティースペースを完全無視して、キスができそうな位置まで迫ってきた、になる。


「あ、あの……」


 貴族服の男の戸惑い気味な言葉さえも、独特の雰囲気でスルーした。蓮はすっと姿勢を正して、足をきちんとそろえ、丁寧に九十度頭を上げた。


「お疲れ様です」


 自分にはどこが面白いかわからなかった。だが、それが仕事なら、ねぎらわなくてはいけない。ゴーイングマイウェイだが、礼儀正しかった、蓮は。


「ありがとうございます」


 貴族服の男もシャキッとして、丁寧にこっちも九十度で頭を下げてきた。コンサート会場になるステージ上で、お辞儀し合っている大人ふたり。おかしな光景で、多目的大ホールはまた爆笑の渦に巻き込まれた。


「あははははっ!」


 十分笑いを取ったところで、貴族服を着た男が本来の業務を遂行した。


「それでは、ご同行願えますか?」

「構わない」


 人々を魅了してやまない、奥行きがある少し低めの声が、最低限の返事を返すと、ふたりはステージ上からパッと消え去った。


    *


 威厳、荘厳、神聖、高貴。そんな言葉が立ち並ぶ、謁見の間の中央に敷かれた真紅しんく絨毯じゅうたんの上に、蓮は気づくと立っていた。玉座にすでにわす、自分と同じ銀の長い髪を持つ人と視線が合うと、グリーンの細身のズボンはすうっと片膝を絨毯について最敬礼で跪いた。


 鋭利なスミレ色の瞳の視界は、赤い絨毯とガラスのように透き通った特殊な素材でできた大理石よりも貴重な床だけになった。


「陛下、ご機嫌 うるわしゅうございます」

「ふむ」


 堂々たる声が短く返ってきた。あの日以来、このお方とは会っていない。自分と同じ銀の髪を持つ由来。蓮は自身の過去を振り返る。


(俺はこの方から分身して、別の個体となり、生きている……。だが、親子でも家族でもない)


 男女の間に生まれた子供ではなく。分身。化身とはまた違う。自分と同じように、このお方から生まれたのは、自身を含めて三人。他のふたりは、陛下の過去世のひとつ。だが、自分だけは違う。


 陛下からのお言葉を拝聴しながら、この広い世界でも、自分だけという特殊な存在を、生まれを蓮は考える。生まれてすぐ、十八歳になって、生みの親ともいうべき、この人の元から去った。自分を必要としている女のために、自身は生まれてきたのだと知って。


 そうこうしているうちに、陛下のお言葉は結ばれた。


「……以上である」

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