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明智さんちの旦那さんたちR  作者: 明智 颯茄
リレーするキスのパズルピース
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従兄弟と男/8

 合気の修業よりも大切な男。この男のために生まれてきたと言っても過言ではない、夕霧命。地鳴りのような低さがあり、若さあふれた声をかけた。


「お前が困るなら、場所を移動する」


 今までは素知らぬふりをしてきた。相手が自分を愛していることはわかっていた。だが、こんな自分たちの関係をどう思っていたのかは知らない。ずっと聞きたかったことを聞く、光命は。


「あなたはどのように思っているのですか?」


 どんな答えが返ってくるのかと思うと、自分の心臓の鼓動が、嵐で荒れた波が港に打ちつけ、砕けるような爆音に聞こえた。それでも、冷静な頭脳という盾で、デジタルに抑える。


 白と紺の袴を着て、艶やかに姿勢を崩さず座っている男。この男が持つ絶対不動の落ち着き。恐れもせずに、人々からの視線を受け続けている夕霧命。


「人は人、俺は俺だ。だから、気にせん」


 どんな雨風にも負けない大きな岩――いや大地のようだった。いつだって違っていた、目の前にいる男の心は、自分と。だが、価値観は合っている。まるで錠前のような関係。形が違うのに、ぴったりと合う。しかも、どちらかひとつでは意味をなさないもの。


 光命の声色は優雅さだけになり、言葉遣いが小さい頃にまた戻った。


「そうか。君は幼い頃から、僕と違って強い人……」

「移動するか?」


 この男とともに生きると決めたのだ。それは、人と違った決め方だった。感情ではなく、可能性の数値で計った。何度もやり直した。それでも、可能性の数値は変わらなかった。相手が気にしないと言っている。それならば、自分がすることはただひとつ。


 今にも自分を別の場所へ瞬間移動で連れて行こうとしている、節々のはっきりした手を、氷の刃という水色の瞳で黙ったまま見つめた。


「…………」


 やがて、光命は手を握らずに、穏やかに微笑みながら、紺の長い髪を横へゆっくり揺らした。


「……いいえ、もう私は恐れない。偽らない」


 様々な靴音。話し声。人の視線。飛行機が離陸する轟音。それらに包まれながらも、ふたりはとうとう足を一歩踏み出した。


 夕霧命が光命をさっと抱き寄せると、同じ身長のはずなのに、武術の達人の腕の中で、まるで恋に落ちてしまったお姫さまみたいなピアニストになった。見上げる光命の唇に、夕霧命のそれが斜め上から近づき、真っ直ぐ愛を告げた。


「愛している」

「えぇ、私も愛しています」


 夕霧命のしっかりとした首に、滑らかな絹のストールが巻きつくように、光命の左腕が回された。すると、慣れた感じで四つの瞳はすっと閉じられ、愛の祈りを捧げるため唇という聖地で触れ合った。


 男性としては少し柔らかい、光命の唇の熱が溶接するようにくっついてひとつになってしまうように広がってゆく。夕霧命の結婚指輪をした手は背中に回され、白のカットソーを愛撫するように幾たびもなで、シワを濃くしてゆく。


(お前とは何度キスしてもあきん)


 ピアニストの紺の長い髪の中にある脳裏で、穏やかな日差しと風の中で、ゆったりとスイングする曲が奏でられる、目の前にいる男のしっかりとした腕の中に完全に身を任せ、心の中でリズムに乗りながら右に左にステップを踏み揺れ続ける。


(私の中で奏でられる。ユガーリュ 第一番 ピアノ曲 追憶のワルツ。あなたの匂いが……。あなたの感触が……。あなたの温もりが……。私を連れ去る。永遠という名の春情しゅんじょうの乱気流へと……)


 ふたりきりの空想世界――真っ赤なバラの花びらを敷きつめた上で、横向きに寝転がる。お互いの髪を淫らに乱して、高貴で芳醇な香りにまみれながら、唇は感触をはっきりと持つ雲のよう。空前絶後の感覚がドラッグのような永遠に求めてやまない常習性という拘束の鎖で、夕霧命と光命をつなぐ。


 平和な遊園地前のベンチで、唇を重ね合わせる、男ふたり。それを、不思議そうに見ていた他の人たちだったが、少しの間のあと、みんな首を大きく縦に振っては、過ぎ去ってゆく。


「あぁ、そういう人もいるんだね」

「同性同士で好きな人もいるんだ」

「うんうん、仲良しでいいね」


 この世界には、差別。そんなレベルの低いことをする人は誰もいなかった。自分と違う価値観のものに出会っても、前向きに解釈をして、すぐに受け入れられるだけの澄んだ魂を持っていた。そうでなければ、この世界に住むことはできない。いや存在することすら赦されていないのだ――



 手のひらに乗ってきた桜の花びらを、光命は魔法をかけるようにフーッと息を吹きかけ飛ばす。昼間なのに夜想曲ノクターンをくるくると踊るように、激しくひとしきり燃えた炎の残り火のような唇は罪の意識を強く持った。


 遊線が螺旋を描く優雅で芯のある声が、首元の十字架のチョーカーの上で、敬虔けいけんな神父のようなことを言う。


「今日も妻に懺悔しなくていけませんね」


 夕霧命が首を横にゆっくりと振る。


「せんでいい。あれは優しいから、お前のことなど責めん」

「ですが、十四年も待たせてしまいましたからね」

「待ったとも思っとらん」

「そうかもしれませんね。彼女も強いひと……」


 光命の紺の長い髪は白の袴の腕に寄り添い、夕霧命は頬を寄せ、時間が許す限り、恋人のように空を一緒に眺める。幼い頃の話を自分たちにしかわからない、暗号みたいなやり取りをしたり、手をつないだり、髪をなでたりしながら、時はゆったりと流れてゆく。


 どこまでも突き抜けるような高い空。清流よりも澄んだ青。時折横切る、美しいばかりの雲。太陽はなくても降り注ぐ、神が与えし陽光。暖かで穏やかな春風に乗せられ、妖精が遊び回るような桜の花びら。


 そんな風景の中で、真実の愛という絆で結ばれた、従兄弟同士はただの男と男になった。

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