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明智さんちの旦那さんたちR  作者: 明智 颯茄
リレーするキスのパズルピース
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従兄弟と男/7

 そのまま、艶めかしく、光命の左手は白の袴――夕霧命の肩に落ちた。


「止まり木のような安定感のある、あなたの肩を愛している」


 激情の渦に飲み込まれた自分を、いつも受け止めてくれた場所へ移ってゆく。


「あなたの胸に抱かれた時、耳元でささやく、あなたの鼓動を愛している」


 芸術的な技を生み出す袖を、愛撫するように滑ってゆく。


「舞踏会でワルツのターンのように私を抱き寄せる、あなたの腕を愛している」


 光命は少しだけ体を寄せて、わざと、反対側にある夕霧命の左手をつかんだ、お互いの結婚指輪が重なるように。


「私とは違う芸術的な技を生み出す、あなたの手を愛している」


 そして、紺の袴の腰の真ん前を触れた。膨らみを少しだけ感じる手のひらと指先で。


「私を性的に魅了する、あなたの灼熱の銃身を愛している」


 結婚指輪は火柱になる時もあるものの前で立ち止まったまま、サファイアブルーの宝石がついた指輪をする反対の手で、紺の袴の膝上をアイロンを当てるように味わった。


「私とともに歩むと誓ってくれた、あなたの足を愛している」


 光命は細く神経質な手を夕霧命から一旦離した。お互いの姿形が今よりも小さかった頃から知っている、いつもそばにいた、その人を今は真新しい気持ちで、冷静な水色の瞳に映す。


「私をいつも守り、愛してくれた、あなたを愛している」


 全てを記憶する。それは、どんなに悲しいことも、辛いことも、さっき起きたことのように鮮明におぼえている。忘れることができない。


 今日までの月日が、光命の脳裏で逆再生する映像のように、猛スピードで過ぎてゆく。偽るしかなかった日々の、始まりの時まで一気に戻った。そうして、彼の遊線が螺旋を描く優雅で芯のある声は、その当時の言葉遣いを蘇生《rebirth/リバース》させた。


「そう、僕は君を幼い頃から愛している」


 風で乱れてしまった紺の髪を、細く神経質な指先で耳にかけ直す。自分とは違って、極端に短い深緑の髪が揺れ動くのさえも、何ひとつ見逃さずに、その冷静でデジタルな頭脳に記録する。真実の愛という名を持って。


 光命の最後の言葉が、陽だまりのような笑みで告げられた。


「そして、大人になった今も、私はあなたを愛している」


 愛しい男の声で、愛を語られる。その一字一句を、どこまでも続く凪のような心の中に沈ませて、夕霧命は二度とどこへも行かないようにする。彼はただただ約束を守って、終始無言だったが、彼の内でもそうだった。


 しばらく待っても、返事を返してこない寡黙かもくで真面目な男を前にして、呪縛の魔法でも解くように、光命の遊線が螺旋を描く優雅で芯のある声がかけられた。


「以上です、もう構いませんよ」


 遊園地のゲートへ向かう人々の足音。たくさんの人々の話し声。頬をなでてゆく風。他の宇宙からやってくる飛行機のエンジン音。


 舞い散る桜の花びらのほのかな桃色。どこまでも突き抜けてゆく透明感のある空の青。近くにある観覧車のゴンドラのカラフルな虹色。


 全ての音と色が夕霧命と光命に、正常に戻ってきた。程よい厚みのある唇から、地鳴りのような低さのある声が響いた。


「俺とは違って、お前の言葉は長くて流暢だ」

「えぇ、あなたは私と違って、短くて簡潔です」


 その真逆がふたりを空想の世界へと導く。


 ――――景色は急転。色欲漂う夜。満点の星空。大きな屋敷の屋根の上。野外。お互いを包むものはシーツ一枚。その下は素肌だけ。相手に手を伸ばしたら、何かを始めるために、後ろへすうっと倒れてゆく予感インスピレーション


「俺にないものをお前が持っている」

「えぇ、私にないものをあなたが持っている」


 瞳の色。水色とはしばみ色が混じり合いそうな勢いで見つめ合う。夕霧命と光命。


「だから、お前に俺は惹かれ続けるのかもしれん」

「ない物ねだり、という言葉が一番似合うかもしれませんね。私たちの関係には」

「そうかもしれん」


 結婚指輪をする左手でお互いを心を、深く強く抱きしめるように、いつの間にか相手をつかんでいた。温もりが、脈が、肌が、津波のように自分へ押し寄せてきては、新しい海岸線を描き、恋のやまいというルネサンスを残してゆく。


 そのままキスをしそうなほど見つめていたが、近くを歩いていた人たちのささやき声で、ふたりは現実に返った。


「ねぇ、ねぇ、あれ?」

「どういうこと?」

「男と男で?」


 光命は握っていた手を、戸惑い気味に自分へ引き戻した。その勢いで、チェーンで胸もとにおしゃれとして落とされていた、銀の細い線のメガネが哀傷あいしょうという動きで揺れる。あんなに流暢に話していたのに、中性的な唇からは何ひとつ言葉は出てこなかった。


「…………」

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