従兄弟と男/4
子供たちのはしゃぐ声があちこちで花を咲かせる遊園地前。期待に胸を膨らませて入場ゲートを中へと進んでゆく親子やカップルたち。それらを眺められる近くのベンチに夕霧命と光命は急に現れた。
彼らの髪のそばを、春風に乗せられた桜がフワフワと浮かび上がってゆく、すぐ近くにある観覧車の大きな輪を目指して。
風で乱れてしまった後れ毛を、細く神経質な指先で耳にかけながら、まだ枝に寄り添って咲いている花びらを、光命は懐かしそうに冷静な水色の瞳に映す。
「桜……思い出しますね、幼い頃を」
いい昔話になりそうな雰囲気だったが、夕霧命の地鳴りのような低い声が、目の前にいる王子さまみたいな優雅な男の弄び、という言葉以外に見当たらない罠の数々を思い返して、刀で藁人形を斬るようにばっさり切り捨てた。
「お前の悪戯好きは結婚しても変わらん」
エレガントに見える光命は、紫のロングブーツの足を優雅に組んだ。
「どちらの話をしているのですか?」
夕霧命からすれば、今隣にいる男と桜の花は、イコールこういう意味を表していた。
「花見の時、母親にも、同じ悪戯をしていた」
「彼女が驚くのを見て、くすくす笑うのが、私の趣味なのですから、仕方がないではありませんか?」
お子さまこの上ない。この優雅な王子さまは。しかも、自分で仕掛けて、自分で笑う。マニアックすぎである。絶対不動の夕霧命も、声に出して噛みしめるように笑った。
「くくく……おかしなやつだ」
小さい子が負けずに言い返すような言葉の応酬が始まる。
「あなたも昔から変わらないではありませんか?」
「お前も昔から変わらん」
「あなたがそちらの言葉を私に言うのは、こちらで千九百七十八回目です」
「お前はあの時もそうだった」
「あなたもそうではありませんか」
もめにもめている夕霧命と光命。微笑ましい限りだった。だが、すぐにそれは終焉を迎えた。どこか愁いを秘めた、遊線が螺旋を描く声が響く。
「ですが、変わったところもありますよ」
「何が変わった?」
夕霧命の無感情、無動の瞳の先に映ったのは、冷静な水色のそれ。だが、氷の下に隠された業火がメラメラと燃え上がる炎が揺れるような目。自分と視線が合わされることはなく、遊園地のゲートを物憂げに見つめていた。
家族づれ。男女のカップル。生産的な関係。それに比べて、男同士の自分たちは非生産的。まわりの雑踏が急に別世界のように遠くなった。優雅で芯のある声が、薄氷の上から落ちるという恐怖心を常に持ちながら、ソロソロと歩いてゆくように戸惑い気味に言う。
「私と……あなたの距離感です」
「確かにそれは変わった」
夕霧命はうなずくと同時に、自分の手元へ視線を落とした。色とりどりの石畳と自分の紺の袴。そして、視界に入ってくるものは、光命の黒の細身のズボンだけになった。
隣に座る男との距離。十数センチ。穏やかな春の日差しの中で、同じベンチに座るには、最適な距離。それはいつも守れらてきた。
最初はそうだった。何もかもが、相手が幸せでよかったと。距離をたもったまま、手放しで素直に、そう思える関係だった。だが、変わってしまったのだ。事故としか言いようのない出来事に巻き込まれて。
この世界だからこそ、起きてしまったこと。光命は耐え続ける。冷静な頭脳という盾で飼いならす、自分の内に秘めたる激情という名の獣が、心という檻を破って出てこないように。
十四年前に生まれたのに、二十三歳。矛盾している年齢が、光命と夕霧命の仲を狂わせたのだ。
「十四年前、あの時分。人は生まれると、十八歳まですぐに成長し、一人の大人として、生きていく。そちらが、こちらの世界の法則でした」
「俺たちが生まれた頃は、まだ新旧入りまじっていた」
真新しい出来事に囲まれ、訪れる日々は宝石のように輝かしいもので、人生を謳歌していた。しかし、何の前触れもなくやってきたのだ、その日は。
光命の中で、激情の獣が雄叫びを上げる。それさえも、冷静な頭脳で抑え、話は続いてゆく。
「ですが、その後、心の不具合が見つかり、幼い頃の経験がない者は疑似体験でやり直しをすることに、法改正されました」
経験も記憶もないのに、いきなり十八歳から人生がスタート。しかも、大人として、まわりから対応される。いくら何でも、それは無理がある。瞬間移動ができて、未来を見ることができる。そんな魔法みたいな世界でも。片方の翼がもぎれた天使のような心で生きてゆく。人生を一人で乗り越えていけない大人が出始めたのだ。
生まれてから、十八歳までをやり直す。それが終われば、元の生活に戻る。そういう約束。
「私とあなたは従兄弟同士」
小さい頃から一緒。今そばにある瞳も髪も肌も、何もかもが根本的なところでは変わっておらず、それが大きく成長していくのをお互いに見てきた日々。
「物心がついた時には、私はあなたを愛していた」




