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明智さんちの旦那さんたちR  作者: 明智 颯茄
リレーするキスのパズルピース
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従兄弟と男/2

 柱に寄りかかったまま右に四十五度向き直って、観戦客という海を真正面で見下ろす。春風という手でベールを上げれらるように紺の長い髪をなびかせる、優雅な物腰の男。その男の脳裏にはまだまだ、早い乗り物に乗っているように、映像が右へ左へ流れ続ける。


 ――こちらの時点で、試合開始から三分経過する。

 木刀を使っての試合になるという可能性が99.99%。

 十番目は、木刀で相手を下から上へ攻撃するという可能性が99.99%。

 十一番目は、相手に動きを読まれる……という可能性が99.99%。

 十二番目は、相手に捕まえられるという可能性が99.99%。

 十三番目は、相手が彼ごと瞬間移動するという可能性が99.99%。

 十四番目は、彼は場外に出されるという可能性が99.99%。

 従って、夕霧が負けるという可能性が99.99%――


 始まってもいないのに、もう試合の流れ――結果が予測されていた、水色の瞳の持ち主の中では。しかも、この男の考え方は他の人にしてみれば、混乱以外の何物でもない。だが、これがこの人の通常であり、小さい頃からの思考回路だった。


 男の神経質な顔は優雅な笑みをふりまく、まるでどこか国の王子さまが余暇を楽しんでいるように。


(私が導き出した通りになるのでしょうか? それとも、夕霧は私の予測を裏切る動きをするのでしょうか?)


 紫の細身のロングブーツがすらっとしたラインを強調させるように、前後でクロスする寸前のポーズを取った。すると、アナウンサーの声が興奮気味に会場中に響き渡る。


「さあ、いよいよ始まりました! 一回戦、Eグループ。熊族と人族の試合です」

「わぁぁぁぁぁぁ〜〜!!!!」


 大歓声が上がると、合気と無住真剣流を使った人と熊の対戦が始まった。戦況が揺れ動くたびに、楕円形の観戦客という湖から驚きやどよめきなどが上がる。


 紺の長い髪の持ち主の激情という水面に深い波紋を落としてゆく。だが、それは原因もタイミングもずれていた。なぜなら、深緑の短髪と無感情、無動のはしばみ色の真っ直ぐな瞳が大画面に映るたびだったからだ。


 しばらく、ガラスのようなモニター画面を冷静な水色の瞳で追っていたが、やがて、夕霧命が緑のくまさんに場外に落とされて、試合終了。


 あごに当てていた手をといて、瞬間移動でマリンブルーの懐中時計を取り出し、またインデックスをつける。


(十時三十三分五十九秒、試合が終わりました。先ほど、導き出した全ての可能性の数値は以下のように変わった。100%。すなわち、事実として確定です)


 予測した通りの未来。何ひとつ変わることはなかった。あの艶やかな袴姿の男。彼の節々のはっきりした手と、対照的な細く神経質なそれ。胸元にチェーンでつかまれた銀の細い線のメガネが、伊達だてという名前でペンダントの代わりとしてアクセサリーの役目をしている。それを弄ぶ指には、結婚指輪が永遠の幸福という名で止まっていた。


(彼は正直であるという傾向が強い。ですから、彼らしい戦い方だったのかもしれませんね)


 線の細い男が不意に消え去ると、甘くスパイシーな香水の香りだけがそこに居残り、あとから試合を見にきた、龍の親子の大きく長い体が通ると空気はかき乱され、完全に姿を消した。


    *


 短い静音とブラックアウトのあと、今度は人通りの少ない、一階部分の通路に、紫のロングブーツは床から一センチ浮いている状態で立っていた。左側一面はガラス張り。陽光がしげもなく招き入れられる明るさが十分取られた、控え室へと続く廊下。


 外には、あちこちせわしなく動いている、聖輝隊の深緑のマント。それらを背景にして、BGMは遠くから聞こえてくるアナウンスのくぐもった声。


 出場者が時折通り過ぎてゆくが、練習場が別にあるため、会場内でのその行為は禁止されている。人はいるがとても静かで、緊迫した通路。外から中は見えない仕組み、特殊ガラスのお陰で。そんな限られた空間。


 上からふわっと天使が降りてきたように、紺の長い髪がベールのように持ち上がっていた。だが、それがストンと落ちると、少し離れた通路に、さっきまで見ていた草履と紺と白の袴姿の男が艶やかな姿勢で左へ曲がり、自分へ向かって歩いてくるところだった。


 極力短く切られた深緑の髪。無感情、無動のはしばみ色の瞳。それは、落ち込んでいるでもなく。ただただ、敗北という現実を受け止め、次に向かって努力するだけという淡々とした落ち着きの中で、縮地を使って足音ひとつ立てずに、歩いているのに走っているような速さで近づいてくる。


 小さい頃から変わらない真っ直ぐな瞳。

 小さい頃から変わらない重厚感。


 それを全身全霊で受け止めるように待っている、線の細い体の男。だったが、白と紺の袴はそのまま通り過ぎようとした。


 中性的な唇からくすりという笑い声がもれる。


(あなたという人は、困りましたね)

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