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明智さんちの旦那さんたちR  作者: 明智 颯茄
リレーするキスのパズルピース
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武術と三百億年/7

 夕霧命はいかに早く合理的に技を繰り出せるかを、日々の修業で習得。その反射神経といっても過言ではない動きを使って戦っていた。派手さはないが、素晴らしい戦いを見せていた。


 アナウンサーはウンウンと大きくうなずき、深く感心する。


「さすがですね。まだまだ若手ですが、先日、躾隊から武道家への転身を師匠から許されただけのことはあります」


 この世界では勝手に、武道家になることは許されていない。師匠からのお墨付きを得てなれる。国家機関の環境整備。そこへ勤めていた、いわゆるサラリーマン。それが武術の道を歩む。大きな環境の変化だった。


 初めての大会。たくさんの人の視線にさらされている中でも、夕霧命はいつもと同じように呼吸は静かで安定していた。空高くへ先を向けていたままになっていた木刀。それを無住心剣流という動きで、地道に決着をつけにゆく。


(隙を作らず、次の攻撃だ。上げている武器を下ろす。武器の重さだけで……!)


 元の姿に戻った熊は体勢を整え、再びしゃもじを振り上げた。 


「…………」


 そこで、夕霧命は気づいた。相手の変化、大きな違和感に。


(さっきまであった掛け声がない。作戦だ。やられた……)


 本の一瞬の迷いが、勝敗を大きく分けた。熊にも人と同じように表情があったが、それはけわしさや殺気立ったものではなく、どちらかというと微笑みに近かった。殺気、攻撃されると予感できるものは全て消されてしまった。


(相手は俺に感謝している……。それが殺気を消す方法)


 感謝をしている相手が、まさか自分を殺してくるなどと思う人はいないだろう。下心を持って、嘘で感謝している振りは、夕霧命レベルならば見抜ける。それができない。熊は本気でこっちへ感謝をして、戦いを挑んできているのだ。


 熊の太く大きな両腕は、夕霧命の両脇へ向かっていった。アナウンサーは目の前で繰り広げられている出来事を、思わず息を飲む。


「おっと、夕霧命、緑のくまさんに両脇からつかまれ、持ち上げられてしまった!」

「あぁっっっ!?!?」


 まるで布の人形を抱き上げるように、熊に軽々と持ち上げれた、体格のいい袴姿の男。深緑の短髪が衝撃で毛先が揺れ動く。それでも、無感情、無動のはしばみ色の瞳は落ち着き払って、触れていればかかる武術の技を再現しようとする。


(合気をかける……。技が効かない。相手の方が俺よりレベルが上だ)


 だが、もう遅かった。がっちりとつかんでいる両腕の拘束を解くことは、さっきまで艶やかなほど素晴らしい技を見せてきた武道家でも交わせなかった。


 相手がいる限り、力の差はどうやっても生まれる。同じ合気を習得していた場合、逆に技をかけ返される、もしくは無効化されるということが起きる。


 アナウンサーは大詰めというように、スタンドマイクを持ち上げた。


「捕まったら最後です! 選手たちは誰でも瞬間移動できます! 今まで見てきました、捕まった選手がどうなるのかを……夕霧命も数々の戦いと同じでしょう!」

「あぁぁぁ〜〜!?!?」


 残念そうな声が会場中に響き渡っている真っ只中で、選手二人が画面からスッと消え去った。次に現れると、碁盤のすみに熊に捕まえられた夕霧命はいた。アナウンサーは声を張り上げる。


「やはりそうでした! 緑のくまさん、試合会場の端に瞬間移動して……」


 熊は自分だけ試合会場の床にしっかり立ったまま、袴姿の背の高い男を、青空が広がる空中庭園の地面にスッと置いた。さっきまで一言も話さなかった熊の口元が動き、優しげでさわやかな声が余裕だったと思える言葉を言った。


「はい、私の勝ちです」

「場外に夕霧命を下ろしました! ここで、緑のくまさんの勝利決定です!」


 アナウンサーが勝敗を会場中のスピーカーから響き渡らせると、火山が噴火を起こしたように、人々の轟音とも言える歓声が一斉に上がった。


「うぉおおおおおおおっっっっ!?!?」


 次々に投げられる、色とりどりのリボンの雨が降り注ぐ中で、夕霧命の深緑の短髪は礼儀正しく、今戦った相手に頭を下げる。地鳴りのような低い声だが、ティーンネイジャーのような若さありふれるそれで、いさぎよく負けを認めた。


「参りました」


 戦いの場を与えてくれた試合場に、深々と頭を上げ、縦に一本の線が入ったように、草履はスッと綺麗に振り返り、夕霧命は控え室に向かって歩いてゆく。


「ん〜! 初出場、夕霧命、一回戦で惜しくも敗退です!」


 日の当たる場所から、上が白と下が紺の袴の大きな背中は消え去り、さらに奥へ進んでゆく。その両脇に立っている片方の男と視線が一瞬だけぶつかった。


 それは優しさの満ちあふれたブラウンの瞳。無感情、無動のはしばみ色の切れ長な瞳は再び前を向いて、当人たちにしかわからない目だけの会話をして離れていった。


 カーキ色のくせ毛を春風に揺らしながら、貴増参の白い手袋の中に瞬間移動してきた携帯電話のメール画面に、意識化がでつながっているそれは自動で文字が打ち込まれてゆく。


『夕霧命は一回戦で敗退しました。業務中のため、ひとまず報告は以上です♪ またあとでお話ししましょう』


 職務中の貴増参の手から携帯電話は姿を消す寸前、送信完了画面が表示された。

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