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明智さんちの旦那さんたちR  作者: 明智 颯茄
リレーするキスのパズルピース
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罠とR指定/5

 焉貴は座っていたのにピョンと飛び上がって、ボブ髪がふわっとベールのように円を描く。様々な相反するものが混じるようなまだら模様の声が弾けた。


「うっそ〜! 俺、感情持ってないから、泣かないっていうか、泣くっていう言動がわかんないの」


 焉貴の表情はそれを如実に表すように、アンドロイドみたいな無機質なものに変わった。お弁当は一瞬消えたが、再び座り直した焉貴の膝の上に無事に戻ってきていた。


 月命は珍しくクスッと笑う。


「君は子供と変わりませんね」


 学校の中庭。生徒や他の教師の視線がある場所。教師同士。男同士。妻子持ち同士。それでもこの距離を崩すものがある。まるで相手に手を伸ばすように、マゼンダ色の長い髪は春風でそよそよと揺れて、隣にいる男の白のシャツをくすぐるのだ。


「そう、俺、少年の心を持ったまま、大人してんの。だから、高校教師やれるんでしょ?」

「小学校教諭でもよかったかもしれませんよ。五歳児と言動が同じです」


 やはり手厳しかった、月命は。だが、対する焉貴は螺旋階段を突き落としたようなぐるぐる感のある声で甘さダラダラで聞き返す。


「え~? 俺さ、こういう性格じゃない? ガキのことも大人のこともフラットだから、女にも俺のペニ○、君の○ツに入れようか? とか平気で言っちゃうから~。大きいガキのほうが合うと思って、初等部から高等部に移ったんだよね」


 焉貴先生の転入理由は卑猥ひわいすぎた。


 色欲という言葉など知らないとばかりに、焉貴は普通に口にする。彼の心は言うなれば、神聖という名の純粋無垢が一番正しい。


 もらったスマイルマスカットを食べた月命が、漆黒の長い髪と瑠璃紺色の瞳を持つ男と焉貴にまつわる話を持ち出した。


「孔明が結婚する時はいじけた子供みたいになって、まわりが大変でしたが?」


 さっきまでハイテンションだった数学教師。彼のチャーンピアスは珍しく元気をなくして、ため息混じりに言った。


「だって、あれはそうなるでしょ?」

「どうなるんですか?」


 月命に聞き返された焉貴の話で、世界の常識という壁がガラガラと崩れ去ってゆく。


「孔明、十年以上結婚しなかったんだよ? それなのに、急に結婚するって言って、俺、ショックでショックで、毎日へこんでたんだから~。俺に膝枕してくれてたのに、結婚したら、それ、できなくなっちゃうでしょ?」


 月命はチェリーの蔕を外しながら、


「焉貴は、何度も結婚してるではないですか?」

「僕~? そう、あの時は三回してたね~」


 別れたという話は聞かないと女子高生がさっき言っていたとなると、焉貴の話はいよいよ持っておかしくなったのだ。


「君は膝枕できて、孔明ができない差はどちらにあるんですか?」


 結婚している焉貴が孔明に膝枕をしてもらって、孔明が結婚したらできなくなるという――全く筋の通っていない話だった。


 しかし、当の本人は真剣そのもので、山吹色のボブ髪をくしゃくしゃにしながら、焉貴は線引きが人とずれているようなことを言った。


「彼女じゃなくて妻になったら、膝枕してもらうのはダメでしょ?」


 男同士で膝枕だろうと、相手の女の気持ちを踏みにじることは、純真無垢なR17の焉貴はしたくなかった。


「自身は結婚しておいて、相手を理解しないとは、君らしくありませんね」

「それだけ真剣だったの」


 個性的なバングルをしている手で、丸チーズをポンと口の中へ投げ入れた。


「そうですか」


 月命は追求する気もなく、ただの相づちを打った。


 春風に連れられた桜の花びらが、お弁当の上にフワッと舞い降りる。二人のその中身は、サバの照り焼きとスマイルマスカットが違うだけで、まるっきり一緒だった。まるで仕出し弁当のように。


 デザートのオレンジのさわやかな香りが、影で濃くなった芝生の緑の上に、さわやかに弾け散った。


「結婚って言えばさ、お前のあの話って伝説だよね~?」

「どちらの話ですか?」


 お弁当を包んでいた布に、柑橘系の香水をつけるように、焉貴は指についてしまった汁をく。あきれ気味なまだら模様の声が、おかしな話を再び持ち出してきた。


「またとぼけて……。ルナスマジックとか言われちゃったんでしょ? お前って」


 月命は食べていた手を止めて、ムーンストーンの指輪は人差し指を立て、こめかみの近くまで連れて行かれた。彼はニコニコ笑顔のまま、首を傾げる。


「そちらは、僕も少々困ってたんです~」

「どう困っちゃったの~?」


 レタスのシャキッとした食感を楽しんだ焉貴の質問に、月命の衝撃の過去が語られる。


「会う女性、会う女性、全員に結婚を申し込まれてしまい、大変だったんです~」


 モテモテどころの話ではなかった、女装している小学校教諭は。お腹がいっぱいになった焉貴は、お弁当箱に残っている食べ物を、すうっと頭上に投げて、瞬間移動をさせ、自分たちのまわり、芝生や石畳の上にまき散らし始めた。


「お前、何かの罠しかけたんでしょ?」

「こちらに関してだけはしていませんよ~」

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