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明智さんちの旦那さんたちR  作者: 明智 颯茄
リレーするキスのパズルピース
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罠とR指定/1

 太陽がなくても晴れ渡る青空。他の宇宙行きの飛行機が銀の線を描きながら飛んでゆく。


 ベンチの背もたれに、羽ばたくように乗せられた白いシャツの両腕は、袖口のボタンが開放的に全てはずされていた。春風が吹くたび、姫ノ館の中庭で優しく揺れ動く。


 休み時間開始のチャイムが鳴ったが、その人のチェーンピアスが半円を描いている耳には聞こえなかった。その代わりにR&Bというグルーブ感が全身に絡みつく蛇のようなエロティックな鎖のように流れていた。


「♪〜〜♪〜〜」


 鼻歌が音もれをする。その声質は言い表すのがかなり難しい。あえていうなら、螺旋らせん階段を突き落とされたぐるぐると目が回る感じ。様々な真逆のものがマダラ模様を作るが合っている。


「♪〜〜♪〜〜」


 校内を一斉に動き出した生徒たち。話し声、物音が渦潮うずしおのように押し寄せてくるが、山吹色のボブ髪を持つ、その男には全く聞こえてこなかった。イヤフォンやヘッドフォンをつけているわけでもないのに。


 手元には音楽再生メディア。その画面に表示されている、


『ディーバ ラスティン サンディルガー』


 ジャケット写真の中にいる、針のような輝きを持つ銀の長めの前髪と、その奥から射止めるように鋭利なスミレ色の瞳を見せる、天使みたいな可愛らしい顔をした男。


 その男と、まるで生き写しみたいな姿の人の足元は、ピンクの細身のズボン。それはフリーダムに組まれ、リズムをさっきから刻んでいる。


「♪〜〜♪〜〜」


 シャツの前は服など不要と言わんばかりに、胸の低い位置でひとつだけボタンが止めてあるだけで、最低限の筋肉しかついていないスラッとした素肌。それがすそ襟元えりもとから見え隠れする、桜の花びらを乗せた風が吹き抜けるたびに。


 学校の中庭のベンチで、R&Bを楽しんでいる男はふと後ろから、女の子たちのキャピキャピボイスをかけられた。


焉貴これたか先生!」

「何?」


 無機質、無感情なまだら模様の男の声がきしむと、山吹色のボブ髪はサラッと振り返った。その先生の瞳は、一度見たら一生忘れられないほど強烈な印象だった。


 いくつもの二面性という多面性を持つ瞳。色は鮮やかな黄緑色。宝石のように異様に輝く純真無垢。かと思えば、全ての世界にいる人々をひれ伏させるような皇帝のような威圧感。大人で子供で純粋で猥褻で皇帝で天使で……上げたら切りがないほどの矛盾。


 そんな焉貴先生のまわりを囲む女子生徒たちの目に入ったのは、先生の瞳でもなく、音楽再生メディアの有名アーティストでもなく、脇に置かれたオレンジ色の箱だった。


 それは、女が長い髪を結い上げたように、キュッと色っぽく結ばれた布が包み込む四角いもの。校舎を破壊しそうな勢いで、黄色い声が中庭のベンチを取り囲んで、一斉にどよめき渡った。


「きゃあっっ、それ、愛妻弁当〜!?」

「先生、熱々〜〜!」

「何入ってんの〜? 開けて見せて〜」


 焉貴のボブ髪は、女性高生たちの長い髪に埋もれそうになった。


「いいよ」


 人気の先生は気にした様子もなく、蛇のように斜めに絡みつく個性的なバングルをした手で、お弁当を膝の上に乗せた。女の服を流れるような仕草で脱がすように、オレンジの結び目をいて、銀のふたをサッと開ける。


「はい」


 学校中を震撼しんかんさせるがごとく、黄色い声が再び大音量で響き渡った。


「きゃあっっっ!」


 緑や赤、黄色などを抜群のセンスで彩りよくつめた、おかずの真ん中に出てきたものに目を見張り、女子生徒たちは夢見がちに両手を胸の前で組んで、空を突き抜けてゆくようなキンキンの甲高い悲鳴をほとばしらせた。


「ハート型〜〜!」

「私もやりた〜い! 好きな人にお弁当作るの」


 お弁当のお披露目は、いちじるしく事務的に終了。個性的なバングルをした手とは、今度は反対の手でそのふたを閉めた。


 興味津々という女子生徒の嵐に巻き込まれていても、自惚うぬぼれるどころか、無機質に対処している先生は、生徒の一人の話にきちんと返事を返した。砕けに砕けた感じで。


「やればいいじゃん」


 それを聞いた、女子生徒のテンションが若干さがった。恋に悩む乙女心全開で、悩ましげにため息をつく。


「でも〜、あっちが好きかどうかわからないんだよね〜」


 焉貴は右手でお弁当箱を自分の脇のベンチに置きながら、結婚指輪をした左手で、ボブ髪を額から頭へかき上げた。


 だが、堂々たる態度で座っている中庭のベンチが、どこかの国の謁見えっけんにでもいるように、立派な玉座に座る皇帝のような先生だった。彼は組んだ足もそのままで、風格があるのに、純真無垢で春風のような柔らかさで人生を語った。


「すれ違うなんて、ほんのいっときなんだよ。自分が好きなやつもこっちを好きなの。世の中、そういうもん」


 女子生徒たちは大きく首を縦に振り、納得の声があちこちから出始めた。


「確かにそうだね?」

「片想いで終わったって話聞かないね」

「別れたって話も聞かない」


 遠くの渡り廊下を、男の子と女の子の生徒が堂々と手をつないで、仲良く歩いてゆく。焉貴が人差し指を斜め上にさっと上げると、その先の青空で、飛行機が銀の線を上から斜め下に向かって描いていた。


「でしょ? 心が澄んでるやつしかいない世界では、すれ違いは起きないの。自分に合う相手にしか本当に惹かれないんだからさ」


 女子生徒に囲まれている男性教師の両側の渡り廊下どころか、中庭の他のベンチに座っている生徒たちもカップルだらけ。子供ながらも、永遠の愛に出会える、世界のだった。

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