先生と逢い引き/3
様々な性格の生徒がいる。しかも、小学生。急に落ち着きなく、あたりをウロウロし始めた男の子が出てきた。
「ん? ん?」
すっと慣れた感じで先生のマゼンダ色の髪は消え去り、その子の近くへ現れた。優しく叱る。
「こちらは学校です。他のお友達がお話を聞けなくなってしまいますよ。大人しく座ってましょうね〜」
教育という名の愛で、男の子は納得し素直にまた座り直した。
「うん」
答弁台の上には、銅の懐中時計が時間厳守というような顔を見せて、差してきているスポットライトに煌いていた。
「目標にいかに早く上手にたどり着けるかを考えることが大切です」
孔明が言い終えると、講堂の入り口に人が突然立った。優雅で貴族的、まるで王子さまが舞踏会に現れたようだった。孔明とニコニコ笑顔の先生の視線が一瞬そっちへ集まった。
滅多に姿を現さないヴァイオレットの瞳がすうっとまぶたから解放され、孔明の瑠璃紺色の瞳もその人をしっかり捉えた。
中性的な紺の長い髪。冷静な水色の瞳。神経質なあごに添えられた手も、細く神経質。洗練されたエレガントな服装。
立てた人差し指をこめかみに当て、先生が困ったように首を傾げると、マゼンダ色の長い髪がサラッと重力に逆らえず斜めに落ちた。
(またですか。外部の方は今日は入ることはできないんですが……)
好青年でありながら陽だまりみたいな暖かさを持つ声を講堂に響かせ続けながら、孔明は頭の中では不意に現れた男の正体を思い浮かべる。
(ボクの塾の生徒がきてる……。また今日も同じことしてるのかなあ〜?)
孔明と先生の視線に気づいていないのか、その人は蛇行する列に混じり込む、一人の男の子をそっと見つめる。ここにも小さな王子さまのような、白のフリフリのブラウスに半ズボンの子供がいた。
しばらく様子をうかがっていたが、孔明と先生は視線をそらして、それぞれの自分の仕事をこなしてゆく。
先生は黄色いモフモフした体を持つ生徒の肩を、結婚指輪をした手でトントンと叩きながら、丸みのある女性的な声をかける。
「は〜い、起きてくださ〜い」
顔を上げてこっちを見ると、ひよこだった。体の大きさが人間と同じくらいあるひよこはこぼしていたよだれを拭きながら、目を覚ました。
「……んあ? ああ、先生?」
オレンジ色のくちばしが寝ぼけた感じで動くと、先生の大きな手が黄色の毛並みを優しくなでた。
「今、眠ってましたよ〜。孔明先生のお話は聞きましょうね〜」
「ふわぁ〜い」
両腕ではなく――両の羽でグーッと伸びをすると、ひよこは大きなあくびをした。生徒たちの様々な言動がありつつも、孔明の小学校での講演は終わりを迎え始める。
「そして、最後に一番大切なことです。それは、たくさんの人を幸せにするために、こちらの考え方は使うということです」
真剣に話を聞いている一人一人の生徒の顔を孔明は見渡す。そこにいるのは、シマウマ、ペンギン、蛇とは違う胴体の長い生き物――龍、猫、サメ……姿形の違う子供たちが肩を並べていた。
そのすぐ近くで、一緒に話を聞いていた、マゼンダ色の長い髪を持つ男に、人間の男の子が不思議そうに質問した。
「先生、どうして、その服着てるの?」
「好きだからですよ」
静かだった講堂に、大きな笑い声がなぜか響き渡りそうだったが、
「あはははっ――」
「今は、孔明先生がお話中ですよ。笑うのはあとにしてください」
儚げな丸みのある声で素早く注意すると、生徒は右手を大きく上げた。
「わかった〜」
そうこうしているうちに、孔明の好青年でありながら軽めの陽だまりみたいな声が締めくくった。
「これで話は終わりです。参考になりましたか?」
さっきの控え室で一人話していた内容と同じもの。それを小学生に伝える。島国ほどの大きさがある講堂に集まっていた生徒たちは、小さな頭を傾げ、正直な反応を見せた。
「ん〜〜?」
だが、何人かは元気よく手を上げた。その子供は孔明と同じように、聡明で頭がよさそうな雰囲気を持った子たちだった。
「は〜い!」
「それでは、聞いてくれて、どうもありがとう」
孔明が頭を下げると、白の着物の前に漆黒の髪がサラッと落ちてくる。それが合図というように、三億人近くいた小学生たちから一斉に拍手が巻き起こった。
瑠璃紺色とヴァイオレットの瞳が、講堂の入り口のひとつに視線をやると、紺の長い髪と冷静な水色の瞳を持つ男の姿はもうどこにもなかった。




