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明智さんちの旦那さんたちR  作者: 明智 颯茄
リレーするキスのパズルピース
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ラブレターと瞬間移動/6

 まるで恋人。今にもするように送話器に唇が触れるほど近づいて、しゃがれた渋い声が遠距離を突きつける。会いたくても会えない、距離を。


「電話してんのに、できねえだろ。てめえまで貴と一緒で頭ん中、お花畑ってか? 近くにいねえとキスはできねえだろ」

「キスしてくれたら、誰のどこを触ったか教えてあげるんだけどなあ〜?」


 さっきとは違って、声のトーンを下げた男の響きが悩殺しながら、さりげなく交換条件を提示した。


 それぞれの椅子に浅く座っていた男二人。ウェスタンブーツの片方の足を汲み上げると、今まさに孔明と同じように、気怠けだるそうに玉座に鎮座ちんざする王様のような堂々たる風貌ふうぼうに明引呼は変わった。


 手のひらに現れた葉巻を鼻に近づけて、兄貴は乾いた夏風の中で一人、香水のような芳醇な香りを楽しむ。


「前払いで答え教えやがれ。それはあとでしてやっからよ」


 キスはお預けになりそうだった。髪飾りの赤く細い縄の手触りと楽しみながら、孔明は電話をしっかりと持ち、反対の手にある懐中時計を聡明な瑠璃紺色の瞳で眺めた。


 今の時刻、十三時二十三分五十一秒。

 さっきから、一分十秒経過。

 残りあと、八分五十九秒。

 二つ同時に勝つ方法……。

 時間が早いから、伸ばす〜?


 罠は何重にもなっている。声の質感は変わらないのに、聡明な瞳は頭の良さが誰にでもよくわかるほど、クールでデジタルなものに変わった。一人きりの空間で、孔明の甘々の話は続く。


「それは困るんだよなあ〜」

「どう困んだよ?」

「ボクの気持ちが待てないから」

「だからよ。あとでしてやるって言ってんだろうがよ」

「淋しいなあ〜」


 と言われたら、兄貴だってハートをガッチリキャッチされてしまうというものだ。明引呼は鼻でふっと笑って、


「ずいぶん素直に言うじゃねえかよ、今日は」


 しゃがれたガサツな声が電話の向こうで響くと、孔明も同じように心を盗まれしまって、明るく悪戯っぽく言った。


「な〜んちゃって……!」


 息がつまるような音が聞こえてきたと思ったら、


「きちゃった!」


 さっきまで耳元からしていた好青年でありながら軽めの陽だまりみたいな声が農園から吹いてくる夏風にふんわりと乗った。すぐ隣に、孔明は瞬間移動してきたのだ。


 天女のような薄手の白い足元まですっぽり隠れる着物。腰元を結んでいるリボンのような赤の細い帯。漆黒の腰まである長い髪が、春から急に夏に季節変わりした風の中で揺れる。


 ロッキングチェアにもたれかかっていた明引呼は、すぐそばのウッドデッキのささくれだった木の床の上に立つ孔明にあきれた顔をする。


「待つこと少しは覚えろや」

「覚えたくない……」


 さーっと乾いた風が二人を髪を揺らすと、瞳はスッと閉じられ唇が触れ合った。季節も距離も飛び越えて、妻に内緒のキス。


 節々のはっきりした指が持っていた葉巻が思わず落ち、コロコロと風に乗せられて二人のそばを転がってゆく。


 農園で働くやろう共がどこにいるかもしれないウッドデッキの上。夏風に煽られた木々のザワザワという音が拍手のように聞こえる中で、唇だけがやけに熱く感じる。恋という花火でもしているみたいに。


(感じやがれ。俺の熱いキスをよ――)


 外の匂い。同性なのに酔わせるような香り。かがみ込んでいる孔明の胸は、猛スピードで鳴らされる打楽器みたいに高鳴っていた。


(ドキドキが止まらない。ボクはときめきという竜巻に乗って、空高くに浮かび上がる――)


 野郎どもの憧れ――兄貴のそばに舞い降りた天女みたいな孔明。二人のそばで土の上をひっきりなしに、農作業をしている男たちが行ききしていたが、誰も気づいていないのか、立ち止まりもせず、真面目に熱く仕事中だった。


 風に吹かれた大木の緑とともに、白の着物とグレーのカモフラシャツはしばらく揺れ動いていた。キスの感触と熱さに意識を奪われ、世界から二人きり切り離されてしまったみたいに――



 丸テーブルに置かれた赤の布で包まれたお弁当箱の結び目を、袖口が多く取られた白い着物を従えた手で、孔明が愛おしそうに触っていると、兄貴の巻き返しの声が斜め後ろからかかった。


「で、どいつを引っ掛けやがったんだよ?」

「今日コンサートがある『彼』だよ」


 すんなり答えが出てきたことよりも、相手が誰だか知って、様々なことに兄貴は合点がいった。


「確かに、あれが一番近道だな。ボスの制止振り切んのはよ。で、どこ触ったんだよ?」

「ふふっ。あのね……」


 孔明は肩をすくめて、明引呼の身ももとに口を寄せた。急に吹いてきた強風で言葉はもれずに、滅多に笑わない明引呼が少しだけ肩と胸を震わせた。


「……そりゃ、ノーリアクション、返事なしのあれでも、さすがに驚きやがっただろうな。オレも見てみたかったぜ」


 明引呼は思う。自分がされても戸惑うだろうと。それが、あの男とだとしたら、天地がひっくり返るような反応をしたのではないだろうか。


 さっきからずっと持っていた懐中時計を、聡明な瑠璃紺色の瞳に映し、孔明は一瞬で計算をする。


 今の時刻、十三時二十七分二十三秒。

 さっきから、三分三十二秒経過。

 残りあと、五分二十七秒。

 あれ〜?

 ボク、時間の計算、失敗しちゃったかも〜!

 あの男の先生に、五分前に迎えに来るって言われてたんだけど……。

 オーバーしちゃうかも――?


 今頃、時間に気づいたフリをして、孔明は春風みたいな穏やかな声で幕引きしようとする。


「ああ〜、ボク、もう講演の時間〜。じゃあね、また〜」

「おう。ガキに伝授してこいや。てめえのその頭をよ」


 太いシルバーリングは怠そうに上げられ、漆黒の長い髪を持つ男を見上げ、エールを送った。


 どこから持ってきたのかわからないが、白い着物の前では紫の扇子せんすが急に現れ、それをヨットが風を受けて帆を張るようにバッと勢いよく広げたが、心の中は悪戯全開だった。


(な〜んちゃって! もうひとつの罠を成功させるために、わざと遅れた〜かも?)


 油断も隙もない孔明は夏空を見上げて、さっと斜め上へ切るように扇子を投げると、大先生の天女のような白い着物はすっと消え去った。


 ハラハラと落ちてきた紫を、節々のはっきりした太いシルバーリング三つがついた手でナイスキャッチして、扇子を閉じたまま農園へ向かってダーツの矢を射るように投げた。


 すると、明引呼の鋭いアッシュグレーの眼光からみるみる離れ、野球のライナー並みにサーッと遠くへ飛んでいき、宇宙の果てまでいってしまえ的にキランと光り、扇子は二度と戻ってこなかった。

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