ラブレターと瞬間移動/5
密かに孔明の口調が変わっていた。兄貴の電話を持つ手と反対側のそれで、シルバーリングの銀色を縦に何度も揺らしながら、回し蹴りバックするようにしっかり詰問する。
「いや、だからよ。小出しにすんじゃねぇよ。さっきまで、流暢に話してたのによ。急に単語だけになりやがって。小学校の講堂は日本の国土ぐれえあんだよ。そこのどこだよ?」
孔明は妖艶に足を組みなおして、耳元で内緒話というように、電話口でささやいた。
「控え室に、あの男の先生に案内されちゃったんだけど……」
さっきからどうも色がついているような話をしてくる孔明。明引呼は訝し気な顔で、突っかかるように聞き返した。
「ああ? てめえとオレが共通で知ってる、小学校の野郎の先生はあいつしかいねぇだろ? 何、意味ありげな言い方してんだよ」
二人の脳裏に鮮明に浮かび上がる、マゼンダ色の長い髪と、ほとんど閉じていてなかなか見ることができなヴィオレットの瞳の持ち主が。
「ボク、あんまり彼のこと知らないんだよなぁ〜?」
いわゆるポニーテールにされている漆黒の長い髪を手ですくように、ツウーッと悪戯っぽく前へ孔明は引っ張る。まるで女性が退屈しのぎに髪をいじるように。
長いジーパンの足は床の上で軽く組まれ、スパーがカチャッと存在を忘れられないように響いた。
「嘘つくんじゃねえよ。あれは有名だろ? 五千年間、月で一人うさぎどもと、歌って踊って過ごしてたってよ」
孔明は手首につけている銀の細いブレスレットを指先で摘んで離すを繰り返す。
「ボクより、ずいぶん長生きだなあ〜、彼は」
あきれが思いっきり入ったため息が、明引呼の厚みのある唇からもれ出た。
「長生きどころの話じゃねえんだよ。単位が違ってんだよ、他のやつとは、あれともう一人はよ」
孔明の大きくてしなやかな手は、後れ毛の漆黒色を今度はなでた。
「ボクもちょっと長いかなあ〜?」
「てめえは転生してっから、意外と短えんだよ。オール足したら、長くなっかもしれねえけどよ。そしたら、全員長くなんだよ」
兄貴は横文字をわざと入れて笑いは取っていたが、内容は至って真面目だった。
薄手の白い着物の下に隠された足は、なよっとした言葉とは反比例するように、直角に男らしく、深碧のソファーの上で組まれていた。その膝の上に置いた銅の懐中時計を瑠璃紺色の瞳で気にかける。
今の時刻、十三時二十二分四十一秒。
さっきから、二分二十秒経過。
残りあと、十分九秒。
勝つ方法……。
そろそろこっちかなあ――?
まるで遠い空の下にいる恋人に聞くような、甘々で切なさ混じりの声を、孔明は響かせた。
「明、今どこにいるの〜?」
耳元という色欲が漂う携帯電話を持ちながら、鋭いアッシュグレーの眼光は広大な農園の緑を見渡す。
「いつも通りの場所だろ。ワークしてんだからよ」
「それって、隣の惑星だよね?」
さっきから時刻を確認するたびに、話題転換してくる孔明。手元の懐中時計は、携帯電話の死角になって見えなかった。
だがしかし、捕らえた獲物は食いついて離さないような、明引呼の鋭い眼光は、隣の惑星の小学校にいるであろう孔明を、勘と心でがっちり押さえ込んだ。
「わざわざ聞いてくんじゃねぇよ。何 企んでんだよ?」
「あれ〜、ボク何か企んでたかなぁ〜?」
腰元で結んでいる赤の細い帯を、人差し指と中指で挟みながら、弄びというように持ち上げつつスルスルと落とす。そんな孔明の言っていることと、思っていることはてんでバラバラだった。
(そろそろ、切り上げる時刻だから……)
のらりくらりと話しやがって。明引呼のウェスタンブーツは、丸テーブルの脚をガツンと横蹴りした。
「孔明、てめえと遊んでる時間は、オレにはねえんだよ、今はよ。早く用件言いやがれ」
窓から望める晴れ渡る空と、レースのカーテンを揺らす春風を受けながら、悪戯好きの少年が思わず嬉しくてもらしたみたいに、孔明は笑った。
「ふふっ」
やっと正体を現した相手。今にも殴りかかりそうな勢いで、明引呼は口の端をニヤリとさせる。
「罠張りやがったな……」
さっきまでの甘々で間延びした口調ではなく、男の匂いで酔わせるようにしている好青年の声が聞き返してくる。自分が今までしていたことを認めた上で、おねだりするように。
「いけなかった?」
明引呼は鼻でフッと笑い、兄貴全開で厚い胸板で受け止めた。
「いいぜ。かかってやってもよ」
一人きりの応接室で、小学生たちが遊んでいる校庭を眺めながら、大人の情事に誘惑する。孔明の口元は携帯電話のすぐ近くで、妖しげに動いた。
「ボクに熱いキスをして、明引呼」




