手紙と不意打ち/7
貴増参のブラウンの瞳は反射神経という防御力で思わず閉じられ、真っ暗になった視界で、錆びた鉄っぽい男の匂いが一気に濃くなったのを感じると、しゃがれた声が鼻で笑い、ボソッと吐き捨てるように聞こえてきた。
「嘘だ」
――無防備に目え閉じやがって。してやったりと、明引呼は思った。
ロッキングチェアの肘掛けに近づくように、寸止めされたパンチの拳はすっと下され、オレンジ色の細いリボンの下に着ている白いシャツの胸元を、ガバッと結婚指輪をしている手で乱暴につかみ、自分のほうへグッと引き寄せた。吐息がかかるほど至近距離で、鋭い眼光は相手を焼きつくすように射る。
「惚れてんぜ」
兄貴らしい愛の言葉がささやかれると、わざと最初に上げておいた左膝が内側にバランスを崩し、貴増参の唇に力強く近づき、アッシュグレーの鋭い眼光はまぶたの裏に隠された。そして、布地が激しく引っ張られるように、明引呼の唇が触れた。
突風が祝福するように吹き抜け、丸テーブルの上に置いてあった、カウボーイハットがサーッと空へ舞い上がる、飛ばされた風船みたいに。
(ここで叶えられたら、てめぇの感情も動くんだよ。お預けくらって、いきなり……ドキドキしやがれ――)
赤い四角もの――お弁当箱が丸テーブルの上から二人を見ている前で、藤色とカーキ色の前髪は重なり混ざり合う。違う色になってしまうほど、長く深く。
(不意打ちのキス、欲しかったんです。僕は君から――)
眠っている男にかがみ込んで、襲うようにキスをしているような格好のまま、二人はしばらく唇を重ね、攻めと受けが策略的に逆転している立場に酔いしれていた。
いつの間にか戻ってきていたカウボーイハットを藤色の髪に被り、明引呼はさっきの情事はそれとして鋭く切り捨て、農場主として敷地を眺め始めた。
深緑のマントはきちんと縦の線を描き、仕事という距離感で立っていた。そこで、貴増参のわざとらしいため息が聞こえてくる。
「ああ、残念。僕はもう戻らなくてはいけない時間です」
明引呼の鋭い眼光は農園の木々から、横滑りしていき、貴増参の顔を見上げた。
「チェンジしてもらったわりには、滞在時間がずいぶん短えな、おい」
「武術大会の開催期間中ですから、てんやわんやの大忙しです」
ロッキングチェアに座ったまま、明引呼の片手はジーパンの後ろポケットに当てられ、出した様子はないが、四角いものが、斜め右に傾いた鉄色の線を空中ですうっと描き、反対の手にパシッと落ちるとそれは携帯電話だった。
「だな、メール読んだぜ」
ポンポンと手のひらで弄ばれるように投げられる電話を目で追いながら、貴増参の優しさの満ちあふれたブラウンの瞳は一瞬閉じられた。
「彼なら大丈夫です」
目を開けたが、日に焼けた明引呼の顔は頬を見せるばかりで、こっちに向かなかった。無力に近い戦いに挑むように、鋭い眼光をはるか遠くへ射し込む。
「あれはタフだからよ。バカがつくほど」
二人の脳裏に同じ人物が浮かんでいた。農園を吹き抜けてくる風に、貴増参と明引呼は無言でただただ吹かれていた。
やがて 貴増参が沈黙を破った。結婚指輪をした左手が、顔の横にさっと上げられ、手のひらを向けてにっこり微笑み、羽布団みたいな柔らかで低い声が風に乗った。
「それでは、またあとで。瞬間移動です」
貴増参が竜巻みたいに回るとすうっと消え去り、ウッドデッキのあちこちはがれた木の床の上で、砂埃がトルネードを描いていた。
明引呼の節々のはっきりした指二本に挟み持ちされた桃色の封筒が、男のロマン的に顔の横へ縦向きに連れ出された。
「話そらして、さりげなく去っていきやがって。手紙の主、言っていきやがらねえで。放置して、ツッコミポイント残してくんじゃねえよ。後始末、全部オレってか?」
ボケで思いっきり巻かれてしまった、ラブレターの差出人という犯人探し。丸テーブルの上に、ウェスタンブーツは両方ともドサッと乗せられ、衝動で赤いお弁当箱がガタッと揺れた。




