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嘘の世界で君だけが  作者: 七瀬渚
プロローグ
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思い出話の前に


 目を開けると辺りはまだ薄暗いけれど小鳥の鳴き声が朝を教えてくれた。

 閉めたままの青いカーテンにじんわり光が染み出している。


 ダブルベッドの上、さらりと隣を撫でると君のぬくもりが残ってる。昨日俺の帰りが遅かったから起こさないよう気遣ってくれたんだろう。


 目覚まし時計を見ると午前9時ちょっと前。早くはないけれどそれほど寝坊しなかったことにホッとため息をつく。


 開いたカーテンから零れた光に目をつぶった。天気もバッチリだ。

 太陽の恵みを正面から受けるようにぐっと伸びをしてから布団を片付け始めた。


 寝室を出て階段を降りていくと、今度はほのかなコーヒーの香りが俺を導いてくれる。

 香りが濃くなるほどに君の歌声も近くなっていった。


 昔から変わらないあどけない瞳がこちらを向いたとき歌声がぴたりと止まった。


「あれっ、まだ寝てて良かったのに」


「もう充分休ませてもらったよ。ありがとう」


「そっか、大丈夫ならいいんだけど。見て、サンドイッチい〜っぱい作ったの! あとは唐揚げ作れば完成だよ!」


「はは、すげぇ! 本当にいっぱい。美味そうだなぁ。朝早くから頑張ってくれて本当にありがとな」


「えへへ〜、どういたしまして」


「あとはスーパーで飲み物買うか。何がいい?」


「ん〜とね、私はレモンの酎ハイ。いや、ビールもいいなぁ」


――あ〜、でも梅サワーもいいなぁ。レモンと梅にしようかな。でも最近ビール飲んでなかったし……え〜! どうしよう――


 買うものとか食べたいものとかなかなか決められないのも昔から。選択肢がいくつも思い浮かんで、今まさに頭の中がぐるぐるしているみたいだ。


「どっちも買えば? 酎ハイもビールも」


「でも私お酒強くないもん。私が酔っ払ったらひびきが大変な思いするよ?」


「それもそうだな。まぁ、ゆっくり決めればいいさ」


「ありがと。もうちょっと考えとく」


 ちょっと笑い合った後はまたそれぞれの場所へ向かった。彼女はキッチンへ、俺は洗面所へ。



 再び部屋へ戻るってから俺も彼女の手伝いをすることにした。料理はほとんど出来上がっているから食器を洗いや片付けあたりがいいだろう。


「楽しみだなぁ」


 くすぐったそうな声の後にまた歌声が流れ出した。

 声に出して歌うのは恥ずかしがるんだ。でも実際はこうして聴こえちまう。それも知ってるはずなんだけどな。うっかり屋っていうかなんというか……。


 俺は『心の声』に返事はしない。相手の口から出た言葉にだけ返事をすると決めている。


 俺の奇妙な特殊能力はもうすぐ三十歳を迎えようとしている今も相変わらずだ。もう一生このままなのかも知れない。


 便利だとか思ったことは、まぁ……ほとんどなかったかな。むしろつらいことの方が多かった。実際、昔の俺はこの能力のせいで固く心を閉ざしていたんだ。きっと今とは別人のようだったと思うよ。


 だけどこの歌声を聴けることだけは自分の特権だとさえ思う。今となってはね。



「よし。準備できたな」


「コーヒー飲んだら行こっか!」


 桜の季節が訪れてこれからもっと暖かくなると予感する。煌く青空と入道雲の季節へ。


 思い出す。人生と転機となった出逢い。

 あの頃はなんだか不思議だったな。特に気温が高い年だったのに、気が付いたらいつもほのかに甘い香りが漂ってた。君がいたからだって、もう確信してる。


 そう、まるで季節感が入り混じったあまりにも自由気ままな幻想世界。それこそが、もう誰も信じられないし信じたくないと思っていた俺が変わるキッカケとなったんだ。



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