本待店頭
「スマホ野球部っていうタイトルの本、置いてます?」
入店直後、目の前にいた書店員に声をかける。振り向いた店員は愛想良く応えてくれ、店の奥へと消えていった。
店員が本を探している間は手持ち無沙汰で、余計な考えが頭にちらつく。探すのを頼んだ本が実在するのか不安になってきた。
何だ、スマホ野球部って。スポーツものなのか、コメディものなのか。いやミステリという線も捨てがたい。なんせタイトルしか知らないのだ。推薦図書の中で一番感想文を書きやすそうという理由で選んだため情報が無く、それゆえ内容のイメージが一切沸いてこない。
去年までの読書感想文は、小説を読まずに映画化やドラマ化したものを観て感想をでっちあげてきた。しかし今年はそうはいかない。去年、映画のオリジナル演出をさも小説に載っていたかのように書いてしまったのがいけなかった。すぐに先生にバレ、過去の余罪も追及されたあげく、今後映像化した作品は感想文として書くことを禁止されてしまったのである。
「漫画化したやつじゃ駄目かな」
映像化じゃ無いからと詭弁は立ちそうなものの、もう一度感想文の提出を求められる未来がありありと見える。それは避けておきたい。
「ないかな、読みやすそうなの」
入店した客を正面から出迎えてくれる、話題・新刊置き場に目をやった。厚みが無く、興味を引く題材の本が無いかを探してみる。あとで“スマホ野球部”と見比べ、感想文が書きやすそうなほうだけ買うことにしよう。
「流れ星の、シルエット?」
知らない本がずらずらと並べられた置き場の中で、カラフルさが異様に目立つ一冊の本に、視線を奪われた。
なんだこの本は。
手に取った本をまじまじと見つめてみる。表紙いっぱいにカラフルな星が撒き散らされ、真ん中にはセーラー服を着た女の子が口元に人差し指を添え、こちらに微笑んでいる、ように見えた。実際には彼女の肌は全て黒く塗りつぶされており、手も顔も、勿論どんな表情をしているのかもわからなかった。だが、微笑んでいるように見えたのだ。気味が悪い。
思わず手元を返すと、今度は裏表紙のあらすじに視線が引っ張られる。
『最近親友の様子がどうもおかしい。何を聞いてもはぐらかされる。周りに訊ねていく中で、恋人が出来たらしいことがわかるものの、訊く人によって恋人の背格好がちぐはぐだった。好奇心に駆られたナツキは親友を尾行し、恋人を一目見ようと試みるが――。林跡先生が紡ぐ実在と虚構が入り交じる青春ラブコメホラーミステリ開幕!』
「全然わからん」
話の筋がまったく見えてこない作品だった。ストーリーは難解そうで、背表紙の分厚さには気が滅入った。パラパラと中身を一瞥するが挿絵は無く、文字がぎっしりと並んでいた。どう考えても、課題の読書感想文には向いていない。
だけど――。
パタパタという足音に反応して顔を上げると、小走りで店員が戻ってきたのが見えた。
「申し訳ございません、スマホ野球部はただいま在庫がなく」
「わかりました、ありがとうございます」
「お取り寄せが可能ですが、いかがなされますか?」
「……そうですね、お取り寄せは大丈夫です。代わりの本が、見つかったので」
代わりの本の感想やそれが既に映像化されていたのかどうかについては、ここでは伏せて筆を置くことにする。今の私は、二回目の読書感想文を書くのに忙しいので。
他の方の本待店頭が読みたいし、作中作も読んでみたい。どなたか作ってくれないかな。