勝負で肝心なのは、やっぱり勝つこと。――9
『OOOOHH……!!』
ほぼ手詰まりのミスティ先輩は、さらなる窮地に陥った。
全身を電流にまとわりつかれ、ティターンが痙攣している。
スタンボディーによる『麻痺』状態。約1/3のババを、ティターンは引いてしまったんだ。
「ティターン!?」
「チャンス!」
ミスティ先輩が悲痛そうに、俺は歓喜を込めて叫ぶ。
「『アーマータックル』だ、マル!」
『キュウ!』
マルが体を丸め、ギュルギュルとその場で回転しはじめた。
『歪曲型スパークアルマジロ』は、STR、INTともに0だ。
だが、攻撃性能は0じゃない。初見殺しとも言える必殺技がある。
STR、INTが0では、まともにダメージを与えられない。
それなら、STR、INTに依存しない攻撃スキルを用いればいいんだ。
ファイモンにひとつだけ存在する、VIT依存の攻撃スキルを。
ミスティ先輩が、顔を強張らせる。
4秒間のチャージタイムが終了し、
「行け、マル!」
『キュウ!』
マルが自分の体を砲弾にした。
マルがギュルギュルとステージを駆け抜け、ティターンの土手っ腹に突っ込む。
ズドン!
腹の底に響く重低音が木霊した。
『OOOOOOHHHH……!!』
ティターンが苦悶にのけ反り、HPが3/8削られる。
マルのVITが最高クラスになっているため、レベル差があるとは思えないダメージ量だ。
ダメージを食らったティターンの体表がドロッと溶け落ち、体が縮む。『メルティボディー』の影響だ。
『メルティボディー』が3回発動したことで、ティターンのステータスは最大値の約73%になっている。
アーマータックルをもう一度食らったら、戦闘不能は免れない。
アーマータックルのクールタイムは8秒。チャージタイムを足した12秒以内に打開策を見つけられなければ、ティターンの負けは確定する。
そして、支援・妨害役であるチェシャが、マルを倒すことは不可能だ。
「さあ、どうします?」
俺の質問に、ミスティ先輩が険しい面持ちで沈黙した。
観客たちも固唾を飲んでいる。
6秒が経過したところで、ミスティ先輩は、フ、と肩の力を抜いた。
「無理ですね。わたくしには、逆転の手が思いつきません」
険の取れた穏やかな表情で、ミスティ先輩が宣言する。
「わたくしの、負けです」
一拍遅れて、審判が声を上げた。
『勝者、ロッド・マサラニア!』
ワッ! と観客たちが沸き立った。
歓声が響くなか、俺とミスティ先輩は、互いに歩みよる。
「清々しい気分です。試合に敗れ、こんな気持ちになったのははじめてです」
「俺も、ここまで高揚する試合は久しぶりでした」
「むぅ……はじめてじゃないのが若干不満ですね」
プクゥ、と頬を膨らませるミスティ先輩に、申し訳ない気持ちになりながらも、俺は切り出す。
「すみませんけど、俺が勝ったので、お試し交際はなしっす」
「そうですね」
ミスティ先輩が、ハァ、と溜息をつき、
「では、今後は友人の立場からアプローチさせていただきますね?」
ニッコリと笑いながら、そう言った。
俺は唖然とする。
「え、えっと……諦めるんじゃないんすか?」
「万に一つもありませんよ?」
「けど、俺が勝ったわけですし……」
「『負けたらなんでも言うことを聞く』とは申しましたが、『負けたら身を引く』とは申しておりません」
それとも、
「『俺との交際を諦めてください』と、勝者の権限で命令されますか?」
俺は頬をヒクつかせ、深く深く嘆息した。
「そんなことしませんよ」
「だと思っていました」
ミスティ先輩がクスクスと笑う。
完全に確信していたな、ミスティ先輩。試合には勝ったけど、謀では敵わなかったみたいだ。
苦笑しつつ、俺は手を差し伸べる。
「では、これからもお願いしますってことで」
「はい!」
ヒマワリみたいに明るい表情で、ミスティ先輩が握手に応じた。
握手しながら、ミスティ先輩が頬を染め、体をくねらせる。
「約束通り、マサラニアさんが仰ればなんでもいたしますので――できましたら、優しくしてくださいね?」
「ちょっとなに言ってるかわからないっすね」




