犠牲の上に成り立つ平和って言葉が、詭弁じゃなかったためしはない。――11
砂煙が晴れ、タイラントドラゴンが姿を現す。
『GYAAAAAAAAAAAAAAAAOOOOOOOOOOOOHHHHHH!!』
タイラントドラゴンの咆哮が大気を震えさせた。
タイラントドラゴンの巨躯からは、真紅のオーラが立ち昇っている。
タイラントドラゴンのふたつめの固有アビリティ、『タイラントモード』だ。
『タイラントモード』は、タイラントドラゴンのHPバーが残り1本になったときに効果を発揮する。
その効果は、『自身のVIT、MNDが50%減少し、STR、INTが200%上昇する』というものだ。
すなわち、防御性能が半減するが、攻撃性能は3倍になるということ。ここからのタイラントドラゴンの攻撃は、すべてバーサク状態並みの威力となる。
『GYYYYYYY……!!』
タイラントドラゴンが両前足を地についた。
インフェルノの構え。
インフェルノが発動すれば、俺たちの従魔はひとたまりもない。今度こそ全滅するだろう。
「こんなことに、なろうとはな……」
エリーゼ先輩が、ふぅ、と息をついた。
「こんなにも、マサラニアくんの思惑どおりになろうとは」
「はい。ロッドくんは、本当にとてつもないひとです」
レイシーも感嘆の吐息をして、俺に微笑みを向ける。
そう。はじめから、俺たちはこのときを狙っていたんだ。いわばこの状況は、俺たちの手によって組み立てられたと言っていい。
一見では絶体絶命だ。しかし、情報をまとめると、如何に俺たちが有利な状況にあるかがわかる。
タイラントドラゴンはクロたちを全滅させようと、インフェルノの準備をしている――すなわち、チャージタイムである10秒間、隙だらけになるということだ。
タイラントドラゴンは『タイラントモード』になっている――すなわち、防御性能が半減し、食らうダメージが2倍になっているということだ。
戦闘開始から20分が経過している――すなわち、クールタイムが終了し、5発目のリバーサルストライクが放てるようになったということだ。
さて、バーサク状態でのリバーサルストライクは、タイラントドラゴンのHPをどれだけ削っていただろうか?
「決めるぞ、ユー!」
『ムゥ!』
『憑依』を解除して、ゲオルギウスの体からユーが飛び出してくる。
「リバーサルストライク!!」
『ムゥ――――ッ!!』
ユーが流星と化し、タイラントドラゴンに突っ込む。
バーサクリバストは、通常モードのタイラントドラゴンに、HPバー1/2相当のダメージを与えていた。
簡単な算数の問題。食らうダメージが2倍になったタイラントドラゴンに、バーサクリバストはどれだけのダメージを与えるでしょう?
答えは――
「これで終わりだぁあああああああああああああああああっ!!」
キュドォオオオオオオンンンンッ!!
タイラントドラゴンの胴体をユーが貫いた。
タイラントドラゴンの最後のHPバーが消える。
残HP――0。
『GYAAAAAA……OOOOHH……!!』
信じられないとばかりに目を剥き、タイラントドラゴンが地響きを立てて横たわった。
その体が光の粒子となり散っていく。
俺はエリーゼ先輩とレイシーにニカッと笑った。
「タイラントドラゴンの討伐、完了だな!」
「はい……そうですね」
レイシーが微笑みを返し、その瞳から涙がこぼれ落ちる。
レイシーの顔がクシャリと歪んだ。
「わたし、これからも生きられるのですね……!」
「ああ。生きていてもらわないと困る」
「これからも、ロッドくんと一緒にいられるのですね……!」
「ああ! 一緒にいよう!」
「ロッドくん!」
レイシーが俺の胸に飛び込んできた。
泣きじゃくるレイシーを、俺は優しく抱きとめる。
「マサラニアくん!」
そんな俺に、エリーゼ先輩までもが抱きついてきた。
「ありがとう……レイシーを助けてくれて、本当にありがとう……!」
エリーゼ先輩も、レイシーと同じようにわんわんと泣きだす。
ふたりの美少女に抱きつかれ、ドギマギしながらも、
「ああ。どういたしまして」
俺は、満たされた気分で答えたのだった。




