犠牲の上に成り立つ平和って言葉が、詭弁じゃなかったためしはない。――6
その威容はドラグーンケイヴの最深部にあった。
真紅の鱗に覆われた巨体は、優に5メートルを超えている。
首の後ろから尻尾にかけて並ぶのは、突撃槍のようなトゲ。
前足には鎌のような鉤爪が生えており、剣の如き牙が並ぶ顎からは、火の粉が漏れだしていた。
ドーム状の空間に居座るそのモンスターには、暴君の名が相応しい。
タイラントドラゴン:150レベル
『GYAAAAAAAAOOOOOOOOHHHHHH!!』
タイラントドラゴンの咆哮に、俺たちは揃って息をのんだ。
タイラントドラゴンは火属性のモンスター。STRとINTが非常に高く、VIT、MNDがやや低いが、5本あるHPバーが防御性能の低さを補っている。
特に厄介なのが、ふたつ保有している固有アビリティだ。
現状、俺だけでは逆立ちしても敵わない。
けれども俺はひとりじゃない。両隣に、心強い仲間がいる。
「覚悟はいいか?」
ふたりが頷く。
「よし……勝つぞ!」
「はいっ!」
「ああっ!」
意を決し、俺たちはそれぞれの従魔を呼び出した。
「行くぞ、クロ! ユー!」
「来てください、リーリー!」
「ゲオルギウス!」
4体の従魔が並び立ち、タイラントドラゴンを見据える。
今回、ピートは不参加だ。残念だが、戦術的に足を引っ張ってしまうからな。
『GYYYYYYY……!!』
敵対者を発見したタイラントドラゴンが、右腕を振りかぶり、ググググ……と力を溜める。直接攻撃スキル『スマッシュクロー』の構えだ。
スマッシュクローは高威力だが、チャージタイムが5秒ある。
先手はこっちがもらうぜ!
即座に判断し、俺はユーに指示した。
「バーサク! パージ!」
『ムムゥッ!』
『疾風の腕輪』がバーサクを0秒で発動させ、パージでユーのHPが1になり、
「リバーサルストライク!」
『ムゥ――――ッ!!』
開幕一番の『バーサクリバスト』。
流星となったユーが、爆音を伴い、タイラントドラゴンに痛烈な一撃を食らわせた。
『GYAAAAAAAAAAAHHHH!!』
タイラントドラゴンがのけ反り、苦悶の咆哮を上げる。
俺はメニュー画面を確認した。
タイラントドラゴンのHPバーの1本が、1/2まで削れている。
よしよし、ダメージ計算式のとおりだ! ひとまず、ひとつ目の条件はクリアだな!
俺がガッツポーズをとっていると、憤怒に染まったタイラントドラゴンの双眸が、ユーを捉えた。
あれだけド派手な一発を見舞ったんだから当然だ。ユーのヘイト値は尋常じゃないだろう。
もちろん、残HP1のユーが、スマッシュクローを耐えられるわけがない。
「ま、させねぇけどな――シャドースティッチ!」
『ピィッ!』
泰然と、俺はクロにシャドースティッチを使わせた。
影の触手がタイラントドラゴンを捕らえる。
「いまのうちに逃げろ、ユー!」
『ムゥッ!』
頷いて、スタコラサッサと逃げ出すユー。
ユーがタイラントドラゴンの腕が届かない範囲まで退避した。これで、スマッシュクローの不発は確定だ。
「『ディフェンスオーラ』!」
ユーとクロがタイラントドラゴンを相手取っているあいだに、レイシーも動いていた。
レイシーの指示を受けたリーリーが両腕を広げ、3秒のチャージタイムを置いて、青色のオーラをまとう。
「続いて『エナジーヴェール』!」
『リィ!』
さらにレイシーが指示を出したところで、タイラントドラゴンがスマッシュクローを放った。
ゴウッ! と唸りを上げる鉤爪。
山すらもえぐるような一撃が繰り出され、
『GYAAAAAAOOOOHHHH!!』
さらに裏拳の如く横薙ぎに振るわれる。
スマッシュクローは単発攻撃であり、二連続攻撃ではない。
いまの二連撃は、タイラントドラゴンの固有アビリティによるものだ。
ふたつある、タイラントドラゴンの固有アビリティのひとつ、『連続攻撃』。読んで字の如く、攻撃スキルが二連続で放たれるアビリティだ。
これが厄介極まりない。
なにしろ、実質的にSTR、INTが2倍になるってことだし、クロとの相性も最悪なのだから。
クロの『アブウィス戦法』は、範囲攻撃に弱い。そのため、テンポラリーバリアで補っているわけだが、二連続で範囲攻撃が放たれたら防ぎきれない。
なんか最近、クロだけじゃ戦えない相手が多いな。まあ、『アブウィス戦法』を決められなくても、クロは充分役に立ってくれるけど。




