格上相手には、とにかく入念に準備するべし。――2
「兄ちゃん、本当に大丈夫なのか?」
「なんの問題もないっすよ。大船に乗ったつもりでいてください」
振り返り、後ろについてくる鉱夫にニカッと笑う。
レイシーに言ったとおり、翌日の放課後、俺はセントリアの西部にあるミリュー鉱山を訪れていた。
ミリュー鉱山はセントリアの鉄鋼業の要で、STRの高いゴーレム系モンスターが、鉱夫とともに働いている。
しかしいま、鉱山内には、鉱夫やゴーレムの姿はない。
明かりを放つ結晶がところどころに見受けられる坑道を進むのは、俺と、付き添いの鉱夫だけだ。
「けどよぉ、兄ちゃんの従魔はブラックスライムとゴーストナイトだろ? そんなんで『クリスタルブル』を倒せんのかよ?」
その原因は、鉱山内に出現したロードモンスター。
ミリュー鉱山には、1ヶ月に一度、クリスタルブルというロードモンスターが出現し、その討伐クエストが行われるんだ。
「心配いらないって、おっちゃん。俺がブラックスライムの真価、見せてあげますよ!」
「兄ちゃん、ブラックスライムだけで戦う気か!?」
「もちろん! クロだけで充分過ぎっす!」
「……行っとくけど、危なくなったら俺は逃げるからな」
苦虫をかみつぶしたような顔をする鉱夫に、「ひでぇなあ」と俺は苦笑する。
この世界では、ブラックスライムは最低ランクのモンスターだと評価されているから、当然かもしれないけど。
俺がこのクエストに挑んでいるのは、報酬となる『装備品』目当てだ。
『装備品』とは文字通り、モンスターに装備させることができるアイテムで、装備したモンスターに特殊な効果を付与させる。
装備品はモンスター1体にひとつしか装備させられないが、付随される効果により、戦術の幅を大きく広げることができるんだ。
そして、このクエストで手に入る装備品は、ゴーストナイトの運用に必須。
俺はこのクエストをクリアすることで、ゴーストナイトのユーを戦力に加えようと思っている。
エリーゼ先輩との勝負において、ユーが勝利の鍵を握るからだ。
「ところでおっちゃん、クリスタルブルを倒したら、ちゃんと報酬をくれるんすよね?」
「『疾風の腕輪』だろ? もちろんだよ、倒せたらの話だがな!」
どこかやけっぱちになりながら、鉱夫が吐き捨てる。
クリスタルブルとの戦いについてはまったく問題ないだろう。レベルは35でクロよりも6レベル高いが、メタルゴーレムのような、クロの戦法を覆すスキル・固有アビリティは保有していない。
いつも通りのハメ技で沈められる。
鉱夫に報酬の確認をとった俺は、強気に言い放つ。
「まあ、見ていてくださいよ。おっちゃんの常識、塗り替えますから」
⦿ ⦿ ⦿
結果から言って、楽勝だった。
クリスタルブルはVITとMNDに優れているが、アブソーブウィスプのHP吸収の前にはなんの意味も成さない。
いつものように、真綿で首を締めるが如く、着実にHPを削っていき、一度の反撃も許さないまま0にした。
坑道に隠れていた鉱夫は、次々と増えていくクロと、為す術なくHPを削られていくクリスタルブルを見て、あんぐりと口を開けていた。
鉱山の外に出ると、すでに夕日が差していた。
久しぶりに外の空気を吸いこみ伸びをしていると、鉱夫が豪快な笑い声を上げる。
「いやぁ、たまげた兄ちゃんだ! 悪いな、疑ったりしてよ!」
「気にしてないっすよ、いつものことですから」
クロを侮られるのにはもう慣れたし、むしろ、侮っている相手を驚かせるのは気持ちがいい。番狂わせの醍醐味だ。
「とにかく助かったよ。そんじゃ、約束の報酬だ」
「お! ありがとう、おっちゃん!」
鉱夫が薄緑色の腕輪を俺に手渡す。
『疾風の腕輪』を受け取り、俺は鉱夫に礼を言った。
「ありがとうはこっちのセリフだ。よかったらメシも食ってくか?」
「気持ちは嬉しいけど遠慮しておきます。これからいろいろと準備しなくちゃならないんすよ」
「そいつは残念だ。よかったらまた頼む。兄ちゃんみたいに優秀な従魔士なら大歓迎だ!」
鉱夫が立ち去りながら、後ろ向きに手を振る。
残された俺は、牙を剥くように好戦的に笑った。
クリスタルブルとの戦いで、クロが36レベル、ユーは30レベルに上がった。
『疾風の腕輪』を手に入れて、ユーを運用するための必須条件もクリア。
勝負の日が楽しみでならない。
俺は思わず声を上げた。
「待ってろよ、エリーゼ先輩!」




