努力するときは、目標設定が大事。――2
しばらく馬車に揺られ、到着したミスティ先輩の実家は、前世で社畜サラリーマンだった俺にはとんでもなく豪華に映った。
洋瓦が敷かれた三角屋根を持つ二階建ての洋館は、サッカーコートをふたつ並べたくらい広大な敷地に建てられている。
エントランスには煌びやかなシャンデリア。
足元の絨毯はふっかふか。
廊下には、見るからに高そうな絵画が並んでいた。
「メチャクチャスゴい屋敷っすね」
「そうでしょうか? エリーゼさんのお宅のほうが豪勢かと思いますよ?」
「わたしの家が栄えているのは先祖のおかげです。聞くところによるとクレイド家は、クレイド先輩のご両親が栄えさせたとのこと。とても敵わないですよ」
「ふふっ、ありがとうございます」
ミスティ先輩とエリーゼ先輩が談笑するなか、俺、レイシー、ケイトは、お上りさんみたいにキョロキョロしていた。
フローラが平然としているのは、彼女も貴族だからだろう。
やがて、俺たちを先導するマーサーさんが木製の扉の前で立ち止まり、コンコンとノックした。
「お客様をお連れしました」
「ご苦労様。お入りいただいて構わないよ」
「かしこまりました」と返し、マーサーさんが扉を開ける。
室内には、触るのをためらうほど高そうな骨董品や、二次元でしか見たことがないような、オシャレな家具が設けられていた。
その中央。ベージュの大きなソファーに腰掛ける、一組の男女が俺たちに笑いかける。
「よくいらしてくれたね。ご足労、感謝するよ」
「ミスティさんもお帰りなさい」
男性のほうは、一八〇はありそうな高身長の細身に、灰色のシャツと白いタキシードをまとっている。金色の髪は癖のついたセミショート。瞳は紫色だ。
女性のほうは中肉中性で、身につけているのはえんじ色のスウェットにベージュのロングスカート。すみれ色のロングヘアを編み下ろしにしており、緑色の優しげな垂れ目をしている。どことなく、ミスティ先輩に似た雰囲気だ。
ふたりの見た目は、どちらも二〇代前半だった。
「ミスティ先輩のお兄さんとお姉さん?」
「ははっ! 嬉しいことを言ってくれるね」
ケイトが尋ねると、タキシードの男性は愉快そうに笑う。
「僕はランス・クレイド。ミスティの父だよ」
「はぇ?」と、ケイトが素っ頓狂な声を漏らした。
「え、えっと……じゃあ、こっちのお姉さんは?」
「ミスティさんの母のヴィオラと申します」
緑色の目を細め、ヴィオラさんがペコリと頭を下げる。
ミスティ先輩と(ゲームでふたりの正体を知っていた)俺を除いた全員が、「「「「ええぇ――――っ!?」」」」と大声で驚いた。
「お、お若いですね! とてもそうには見えません!」
「先輩って言われても違和感ないわ!」
驚くレイシーとフローラに、ランスさんが嬉しそうに肩を揺らす。
「きみたちのような見目麗しいレディーにそう言ってもらえたら、光栄の極みだよ――って、痛っ!?」
突然、柔和な表情を歪めて、ランスさんがソファーから跳ね上がった。
いきなりどうしたんだ?
眉根を寄せて――俺は気づいた。隣にいるヴィオラさんが、ランスさんの腿をつねっていることに。
ヴィオラさんは眉を上げ、唇を尖らせている。見るからにご機嫌斜めだ。
「わたくしがいるのに目移りですか、ランスさん?」
「そんなことしないよ、ヴィオラ」
「……本当ですか?」
「もちろんさ。僕の目にはヴィオラしか映っていないんだからね」
「それなら許してあげますが、懸想はいけませんからね?」
「ふふっ。ヤキモチを焼くヴィオラも可愛いね」
「もう! ランスさんったら!」
頬を膨らませながらも、ヴィオラさんはランスさんを見つめる。ランスさんは、「ゴメンゴメン」と謝りながら、ヴィオラさんの髪を優しくすいていた。
明らかにイチャついている。
ふたりの世界に入ってしまったランスさんとヴィオラさんに、俺たちは呆然とするほかない。
ただひとり、ミスティ先輩だけが平然と微笑んでいた。