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短編コメディ

悪役令嬢ルシアーネの復讐劇

作者: NOMAR

(* ̄∇ ̄)ノ この作品はフィクションです。実在の人物、団体とは一切関係ありません。風刺とシャレの分かる方のみ歓迎。


 ルシアーネは悪役令嬢である。


「私の力がお役に立てるのなら……」


 バノン国、ゴウン家に産まれた少女、ルシアーネ令嬢には特別な力があった。その力故にときに怖れられた。またその力を使うことでいくつかの貴族を救い、救済の御子とも敬われた。


 ルシアーネ令嬢の力の噂を聞きつけたとある国の貴族が、ルシアーネ令嬢を養子に迎えたいと申し出る。ルシアーネは己の力を忌々しくも思いながらも、これで救われる人がいるならば、と、苦しい顔でその養子縁組を受け入れた。


(私に頼らねばならない事態、というのが恐ろしくはありますが……)


 ルシアーネ令嬢は海を渡り、生まれ故郷より遠く離れた国、ヤーポン国のネッサン公爵家の一族となった。

 ネッサン公爵家は迎える未曾有の危機を、ルシアーネ令嬢の力で回避しようと目論んでいた。

 ここからルシアーネの悪役令嬢としての栄光が始まる。


「なんということ……」


 ネッサン公爵家の帳簿を調べたルシアーネ令嬢は、あまりの酷さに愕然とする。経営不振による慢性的な赤字経営は、正しく火の車。膨れ上がった莫大な借金は軽く五千億イェンを越えている。ヤーポン国のみならず、世界にその名を馳せたネッサン公爵家は、もはや壊滅寸前。風前の灯火の如く。


「ネッサン公爵家に、まともな経営者は一人もいなかったというの?」


 眉を顰めネッサン公爵家の経営状態を調べるルシアーネ。今年度の売上高五兆九千億イェンに対して、本業による利益を示す営業利益は僅か八百億イェン。売上高営業利益率はたったの1.4%にすぎなかった。これでは借金の利子を返すことすらおぼつか無い。最終的な損益は六千億イェンにも昇る。

 ネッサン公爵家の杜撰な経営の仕方。身内の馴れ合いで無駄を作る、ヤーポン国流のいい加減な決済。後の事を考えない高コストの貴族体質。それらを省みること無く重ねに重ねた愚劣の結果の末路を見て、ルシアーネは目の前が暗くなる思いだった。


「まさか、ネッサン公爵家がここまで無能だったとは……、いえ」


 この危機に対して、ネッサン公爵家はルシアーネの力を頼ろうとした。現状がどうにもならないという判断ができる理性はまだある。それを自分達では建て直せないと考えて、ルシアーネの力を頼り養子に迎えた。それぐらいは考えられる知性は、ネッサン公爵家の重鎮達には残っている。


 ルシアーネは己の手のひらをじっと見る。己にある異能の力。神は何のために私にこの力を授けたのだろうか?

 

 ネッサン公爵家が倒れたならば、ネッサン公爵領の民だけでなく、ヤーポン国の民も貧苦に喘ぐことになるだろう。ならばやるしかない。これが血にまみれた道であろうとも。


「千を生かす為には、百を切り捨てる覚悟が必要……」


 ルシアーネは目を閉じ、拳を握る。ネッサン公爵家の経営改革の為に、己が持つ忌々しい力を使うことを決意する。人に恨まれ呪われる、悪役としての汚名を被る覚悟、悪役令嬢ルシアーネが動き出す。


 ルシアーネの異能。その力の名は『首切り(リストラ)

 悪役令嬢ルシアーネは大胆な経費削減による再建計画を掲げ、ネッサン公爵家に仕えるサラリ騎士(ナイツ)を次々と首切り(リストラ)に処していった。苛烈に、無慈悲に。こうせねばネッサン公爵家は救えないと。


(赦せとは言いません。私を恨みなさい。大を生かす為に小を殺す決断をした、この私を)


 眉ひとつ動かさずに首切り(リストラ)を続けるルシアーネ。誰もが彼女を恐れ、ルシアーネは影から、悪役令嬢、首切り(リストラ)令嬢と呼ばれるようになる。

 だがネッサン公爵家の赤字は膨大。比例するように切り捨てる者もまた多くなる。その手を首切り(リストラ)した者の血で赤く染めながら、ルシアーネは不退転の覚悟で血塗られた道を進む。


(これしか救う道が無いのであれば、私は悪鬼羅刹となりましょう)


 ルシアーネが首切り(リストラ)したサラリ騎士(ナイツ)の数は一万を越えた。


 苛烈極まる再建計画。その結果、翌年の決算ではネッサン公爵家の経営は大きく回復した。純利益三千億イェンは、ネッサン公爵家の歴史において最高額を記録した。

 更にはネッサン公爵家に仕える者の、年金に備える積立金の不足を表面化させるなど、それまでの経営を大きく改めた。ネッサン公爵家の杜撰な貴族経営による悪徳を改め、悪役令嬢ルシアーネはネッサン公爵家の崩壊を防ぐことを成し遂げた。

 その上、最悪の状況から一転、最高益を計上したのだ。

 

 危機を脱したネッサン公爵家はおおいにルシアーネを讃え、褒めちぎる。


「これでネッサン公爵家は安泰だ」


「流石はルシアーネ様、見事な手腕です」


「ネッサン公爵家の再建を祝い、今後の更なる発展を願って、乾杯!」


 ネッサン公爵家の祝いの宴。着飾る貴族達の追従の中で、ルシアーネは冷めた瞳でネッサン公爵家の人々を見る。


(確かに歴代最高益となりました。ですが、それはネッサン公爵家があまりに無能だったからです。販売諸費に給料手当てだけでも千億イェン以上のコスト削減ができました。それはつまり、これまでどれだけ無駄に金を使っていたのか、それをネッサン公爵家に理解できる者が、一人もいなかったから)


 宴の席の中には、ヒソヒソと話し、ルシアーネに侮蔑の視線を向ける者もいる。ネッサン公爵家のいい加減な経営につけこみ、利を得ていた者。ルシアーネによりその繋がりを絶たれた者の恨みと僻みの目。


(その馴れ合いの為に危機を迎えたというのに、何の責任も義務も感じていないのですか?)


 ネッサン公爵家は経営を建て直したばかり。ようやくスタート地点に立ったようなもの。しかし、ルシアーネが見るネッサン公爵家の者達は、これで全て終えた。ゴールに辿り着いた。と浮かれ騒ぐ者ばかり。ルシアーネは呆れて溜め息をつく。


(彼らに任せていては、また同じ経営危機を迎えてしまいそうね)


 ルシアーネは僅かな信用できる側近と、ネッサン公爵家の経営を行う。そのことにネッサン公爵家はルシアーネの独裁だ、と文句を言う者もいた。だが、それはルシアーネから見て、経営の事が理解できる有能な人材がネッサン公爵家にいなかったからだ。

 蔑ろにされたネッサン公爵家の重鎮は搦め手でルシアーネにとりすがる。


「贈り物?」


「はい、郊外の別荘になりますが、景観は美しく、是非ともこの別荘をルシアーネ様に」


 ニヤニヤと笑うネッサン公爵家の重鎮にルシアーネは訝しげな視線を向ける。


「そのようなもの受け取るいわれはありません。必要ありません」


「いえいえ、これはセッタイです」


「セッタイ?」


「ルシアーネ様はヤーポン国の風習に疎いようですな。これはヤーポン国の風習、セッタイのひとつです。たいした物では無いので、是非お受け取り下さい」


 ヤーポン人らしい愛想笑いを浮かべるネッサン公爵家の重鎮に、ルシアーネは眉を顰める。


(ヤーポン国の民は無駄なことをする風習が多いですね)


 異国の風習を奇妙に思いながらも、本来の役目としての経営が忙しいルシアーネ。その後もセッタイと称していくつもの贈り物が届けられた。

 このヤーポン流セッタイが、後々ルシアーネを蝕む毒として効いてくる。そのことをルシアーネはまだ知らない。

 悪役令嬢ルシアーネの破滅はこのときに仕込まれていた。


(私が勲章を受けることになるとは……)


 ヤーポン国のキング、テン・ノー皇の宮殿にルシアーネは招かれる。

 ヤーポン国に貢献したことを表彰する勲章の受章者にルシアーネが選ばれた。数人のヤーポン国の民の中で、今回は外国人のルシアーネもその中に選ばれたのだ。

 テン・ノー皇は宮殿に受賞者を招き、一人一人に祝いの言葉を述べた。


「国や社会のために、また、人々のために尽くされてきたことを、深く感謝します」


 穏やかな慈愛溢れるテン・ノー皇の微笑み。ルシアーネは多くのサラリ騎士(ナイツ)首切り(リストラ)した。その結果にネッサン公爵家は破滅を免れ、ネッサン公爵領の民、そしてヤーポン国の民の多くが救われた。

 ルシアーネをねぎらうテン・ノー皇の言葉に、ルシアーネは頭を下げる。


「栄誉、これに優るものはございません。今後、一層精進を重ねる決意でございます」


(そう、ネッサン公爵家が再建し、ネッサン公爵家がヤーポン国の民の為にならねば、私に首切り(リストラ)された一万八千のサラリ騎士(ナイツ)が浮かばれない。彼らの犠牲を無駄にするわけにはいかないのです)


 例え地獄へ落ちようとも、救える者を救うと決めた。ルシアーネは、授与された勲章を見詰め己の決意を新たにする。

 だが、悪役令嬢ルシアーネの栄光は終わり、破滅が待ち構えていた。


「ネッサン公爵家令嬢ルシアーネ、お前を逮捕する」


「なぜ私が!」


「金融商品取引法違犯の容疑に特別背任容疑だ。大人しくしろ」


 ルシアーネは突然にヤーポン国の特捜に逮捕された。その容疑はルシアーネが、ネッサン公爵家の財産を不当に我が物とした、というもの。


(まさか、あの時のセッタイのこと?)


 ルシアーネは、己がネッサン公爵家に嵌められたことに気がつき愕然とする。


(だけどネッサン公爵家が私を陥れて、何の得があるというの? 彼らにまともな経営などできないというのに)


 ルシアーネの誤算はネッサン公爵家を買い被っていたことにある。ネッサン公爵家にとって経営手腕のあるルシアーネの損失は痛手。しかし、ネッサン公爵家は目前の経営危機を逃れたことで、これでネッサン公爵家は安泰だと浮かれていた。


 あとは首切り(リストラ)令嬢に全ての罪を被せてしまえば、自分達に何の責任も無い。首切り(リストラ)された者の恨みも全てルシアーネ一人に被せ、自分達には非が無い、ということにする。

 ルシアーネが思う程にネッサン公爵家には、当事者意識も責任感も無かったのだ。必要なのは経営の為に悪名を被る者。誰もがやりたく無い首切り(リストラ)を行わせ、利用するだけ利用し、後に悪人として処罰する生け贄にルシアーネは選ばれたのだった。

 貴族体質のネッサン公爵家がルシアーネの独裁を許したのも、後で責任者として処罰するためだった。その結果にルシアーネは、ネッサン公爵家より背後から刺されるように、大罪人として逮捕された。


(まさか、これほどネッサン公爵家が愚かだったとは。貴族の義務を何と心得ているのか)


 逮捕されたルシアーネは暗く陰鬱な留置所の中で項垂れる。


(だけど、私が無実であると解れば……)


 しかし、ルシアーネの願いは叶わない。ヤーポン国の留置所、それは地獄の代名詞。自白重視主義のヤーポン国の司法が、容疑者に自白を促す拷問施設。

 世界拷問禁止委員会が、人権無視の代用監獄の撤廃を何度もヤーポン国に勧告した。ヤーポン国では拷問による嘘の自白から何度も冤罪事件が起きている。無実であっても容疑者として留置所で拷問を受け、その過酷さに自殺する者もいた。しかし、ヤーポン国は、留置所をヤーポン独自の文化から産まれたヤーポン国に必要な施設と、その撤廃を拒んでいる。

 

「さっさと自白しろ!」


「あああっ!」


 ルシアーネは留置所の中、裸に剥かれ、手を縛られ、天井から吊るされた。公爵家の令嬢に対する扱いとは思えぬ、非道な尋問。拷問官の振るう鞭がルシアーネの背中を打ち、柔肌が弾けて血が滲む。


「わ、私は、無実、です……」


「いいや、お前は罪人だ! 罪を認めて自白しろ!」


「っああっ!」


 ヤーポン国において、特捜事件で逮捕された事例では、最終的に無罪が確定したものは無いに等しい。特捜事件においては、疑われ逮捕された時点で有罪率は99%。司法の面子を守る為には証言も証拠も、息をするようにでっち上げる。逮捕された時点でルシアーネが無罪となるのは、もはや絶望的であった。


 留置所における長期拘留に過酷な拷問。デスクワークばかりのルシアーネに体力は無く、鞭打ちの傷から雑菌が入ったのか、熱も出る。冷たく暗い留置所の中で、病に苦しむルシアーネは体重は10キロも減り、げっそりとやつれていた。悪役令嬢ルシアーネの命の火は、ひっそりと消えようとしていた。


(ネッサン公爵家も、ヤーポン国の為政者も、腐っている……)


 熱と拷問の傷に苦しむルシアーネ。もはやこれまでか、とボンヤリとする頭で最後を覚悟したとき。


「ルシアーネ様!」


 留置所に突如、轟音が響きルシアーネのいる牢が揺れる。沸き立つ白煙の中、牢の警備に立つ者が打ち倒されていく。牢の中に駆け込む男を見て、ルシアーネの瞳に希望の光が灯る。


「ルシアーネ様! 生きておられますか!」


「お前たち……」


「救出に参りました! ここを脱出しましょう!」


 留置所に突撃を敢行したのはルシアーネの側近達。このまま司法の手からルシアーネを奪還しなければ、ルシアーネは無実の罪で裁かれるか、拷問死する。常にルシアーネの側に付き従っていた側近達は、ネッサン公爵家とヤーポン国に反逆する覚悟でルシアーネ救出作戦を行った。

 側近達はルシアーネを抱き上げると、素早く留置所から脱出する。


「ルシアーネ様、なんということに……」


「これがネッサン公爵家のやり方か! 卑劣な!」


「おいたわしや、ルシアーネ様……!」


 留置所での拷問から衰弱し、満足に喋ることもできないルシアーネを見て、側近達は涙を溢す。


「ルシアーネ様、手筈は整っております。もはやネッサン公爵家などに、ルシアーネ様が手を貸す義理もありません」


「バノン国に戻りましょう、ルシアーネ様」


 ルシアーネは死も罪も恐れず救出に来た側近の勇気と忠誠に涙を溢す。帰る。生まれ故郷のあのバノン国に。帰ることが。

 ルシアーネは掠れる声で忠実な側近達に、ありがとう、と声をかけ涙を流す。


 側近達は用意した楽器ケースの中に、衰弱したルシアーネをそっと横たえる。


「窮屈かもしれませんが、ご辛抱下さい」


「バノン国に戻り療養すれば、すぐにもとの元気なルシアーネ様に戻られますとも」


 ヤーポン国の執拗な警備を掻い潜り、ルシアーネの側近達はルシアーネをバノン国へと連れ出す。

 しかし、留置所での拷問により衰弱したルシアーネの身体では、バノン国までの長旅は厳しかった。


 バノン国に向かう旅の途中、暗い楽器ケースの中でルシアーネは死の淵をさ迷っていた。


(ここは……)


 血のように赤く染まった空、暗黒の穴のような太陽。見渡す限りの骸の山。その死体の山の上にルシアーネはいた。

 見下ろせばそこには首の無い死体、死体、死体。高く積まれた死体の丘。

 ルシアーネが踏みつける首の無い死体の手が動き、ルシアーネの足首を掴む。


『ナゼ、首ヲ切ッタ……』


『忠誠ヲ誓イ、働イタトイウノニ……』


『俺ガ何ヲシタ……』


『私ハ、マダ、働ケル……』


 頭を無くした死体が動き出し、何処から出したか解らぬ暗い声がルシアーネを責め立てる。死体の腕が伸び、次々とルシアーネの身体に掴みかかる。


「お前たちは、私が、首切り(リストラ)した者達か……」


 群れる亡者に囲まれてルシアーネは目を閉じる。


(これが、首切り(リストラ)の代償。私が地獄に落ちることは解っていました。例え民の為とはいえ、私のしたことは許されることではありません)


「死せる騎士達よ。私を地獄に落とし恨みが晴れるなら……」


 首の無い骸の騎士に囲まれ、手足を掴まれる恐怖の中でルシアーネは覚悟を決める。首無しの死体に手足をもがれる痛苦の地獄かと、しかし、待っていても何も起きない。

 ルシアーネの手を足を髪を掴む亡者の手が離れていく。ルシアーネが目を開ければ、ルシアーネに手を伸ばす首無しの騎士。だが、その中に他の首無し騎士を止めようとしがみつく亡者。ルシアーネを守ろうと立ちはだかる首無しの亡者がいる。


「なに、が?」


 己を守ろうとする首無しの騎士達。それを退けようと争う首無し騎士達。首の無い亡者達は、ルシアーネを害そうとする者とルシアーネを守ろうとする者に分かれ、争っていた。


「なぜ、亡者達が? 首切り(リストラ)した私を恨んでいるのでは?」


『終ワラセヌ』


『終ワラセヌ』


『コノママデハ、終ワラセヌ』


 ルシアーネは首無しの騎士達の争いを呆然と見る。そして思い出す。ルシアーネに首切り(リストラ)されたサラリ騎士(ナイツ)の中には、最後まで抗いルシアーネと争った者。それ以外にも、民の為にと自ら首を差し出した者もいた。


『民ノ為ニ』


『貴様ニ安楽ナ死ナド、許サヌ』


『事ヲ成スマデ、簡単ニハ死ナセヌ』


『貴様ノ地獄ハ、此処デハ無イ』


 渦巻く恨みが、呪いが吹きすさぶ死の野辺。首を無くした騎士達の怨念。行き場の無い亡者の怨恨が風となりルシアーネを打つ。

 荒ぶる首の無い亡者の乱闘劇を見るルシアーネの口が言葉を紡ぐ。


「……私が、間違っていた……」


 真に民を苦しめていたのは? 責任を回避する為に生け贄を欲したのは? 当事者意識も無く破滅に向かっていたのは? ここに骸を晒す者の上に立ち、栄華を誇る者は? それを忘れて愉悦に浸る者は?


「……我ら、数多の骸の上に立ち、生きる者……」


 ルシアーネの言葉に、首の無い騎士達の動きがピタリと止まる。


「……故に、その死を忘れること無く、骸の上に立ち生きる覚悟と意地こそ、生者が忘れてはならぬこと。今の糧を得られることに、犠牲となった者への、追悼と感謝の念を忘れてはならない」


 ルシアーネは己の手を見る。恐るべき異能の力、首切り(リストラ)の力を宿す手を。死を産み出し死と繋がるルシアーネの異能。骸の野辺にて、万を越える首無し騎士の怨念が伝わってくる。


「数多の骸の上に生きることを、忘れて生きる者に、今一度、死者の声を聞かせなければならない。犠牲も忘れ、下らぬ権威と面子の遊戯に戯れる者に、正義は無い。……私は、誓った筈だった。あなたたちの死を無駄にしないと……」


 ルシアーネの声に、首無しの騎士達が(ひざまず)く。


『誓イヲ』


『誓イヲ果タセ』


『コノ恨ミヲ晴ラシ』


『地ニ正義ヲ』


『悪徳ニ断罪ヲ』


 ルシアーネは己を囲む一万八千の首無し騎士に語る。


「私に首切り(リストラ)された騎士達よ。それを、私に成せ、と?」


『成スマデ許サヌ』


『安楽ナ死ナド許サヌ』


『誓イヲ果タセ』


 首を無くした騎士達の声に、ルシアーネはひとつ頷きを返し、決意して右手を伸ばす。


「ならばそれまで、私を呪い続けるがいい! その怨念を私が力に変えよう! その恨みを全て私に預け、私の力となるがいい!」


 首無しの骸の野辺に、一人の死者の女王が立つ。


◇◇◇◇◇


 バノン国に到着したルシアーネの側近達は、ルシアーネを隠した大きな楽器ケースを開く。


「ルシアーネ様、お待たせしました。バノン国に着きました……」


 しかし、楽器ケースの中のルシアーネは、既に事切れていた。ヤーポン国の留置所で受けた拷問で衰弱したルシアーネの身体は、過酷な脱出行に耐えられなかった。

 楽器ケースの中のルシアーネは、目を瞑り、まるで眠ったままのような姿で、息を引き取っていた。


「ルシアーネ様!」


「何故、ルシアーネ様がこのような目に遭わねばならんのだ!」


「ようやく生まれ故郷に、辿り着いたというのに……」


 ルシアーネの側近達は主の死に涙し、ネッサン公爵家への怨嗟の声を上げる。ネッサン公爵家を救った恩人を、大罪人として扱うヤーポン国に呪いの言葉を吐く。

 せめてルシアーネの遺体を生まれ故郷の地で、手厚く葬ろうとしたそのとき。


 ルシアーネの眠る楽器ケースから、黒い靄が湧き、楽器ケースの淵から溢れ出る。怨念の暗黒の障気がルシアーネの身から湧き立つ。

 死んだ筈のルシアーネの目がカッと見開き、ルシアーネの身体が糸で吊られたように、不自然に立ち上がる。


「ル、ルシアーネ様?」


「ルシアーネ様が、生き返った!?」


 驚く声を上げる側近達を、起き上がったルシアーネは冷たい瞳で見る。その目に輝きは無く、まるで地獄の深淵に続くかのような暗く深い瞳。

 その身から溢れる暗黒の障気を、ヴェールのように身体に纏うルシアーネの唇が言葉を紡ぐ。


「……ルシアーネは、死んだ。人を信じ救おうとしたルシアーネはもういない。私は……」


 起き上がったルシアーネは地の果てを睨む。その右手を掲げて空を掴む。地獄から響くような声で呪いを放つ。


「私は怨念の力で甦った不死(アンデッド)の復讐鬼! 数多の死の声を届ける首切り(リストラ)の女王!」


 死を越え甦った、令嬢の姿の怨霊が、海の向こうのヤーポン国を睨み宣言する。


「ネッサン公爵家を滅ぼし! ヤーポン国の為政者に! 骸の正義の断罪を!」


 一万八千の首無し騎士を従える不死者(アンデッド)の女王。

 悪役令嬢ルシアーネの、いや、復讐鬼、首切り(リストラ)の女王の復讐劇は、今は亡き少女の生まれ故郷、バノン国より幕が開く。



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[一言] 元ネタの人は健康体だし、移動中は与圧されたキャビンで寛いでいたのだから無事なのは当然ですけど、ルシアーナは半生半死というか瀕死の状態でケースに入れられたまま運ばれたんだから、そりゃあ死にます…
[一言] 日産経営陣が自分の手を汚したくなくてゴーンさんにやらせたというのは分かるし卑怯だなとは思うんですが、家族に日産の資金を融資?してたとかいうのも接待で嵌められてるんですか?
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