ギャンブル依存症の憧れ
実際に博打をしているわけではありません。スマホゲームも無課金です。運営さんごめんなさい。
また本文には関係ありませんが、この連載の第1話は新しい作文です。もしよろしければお読みください。
人の評価は私を縛り付ける。良い評価を得られれば喜び、無反応に焦り、酷評されればショックを受ける。人の評価を得ようとするのはギャンブルだ。Excelのように、正しい関数を与えさえすれば求める結果が生じるわけではない。むしろ、期待は裏切られると心づもりした方が良い。それではなぜ、こうして今も私はネットに作文を投稿しているのだろうか。
それはやはり、人から良い評価を受けることが心地良いからだろう。自分の軸をまだ持たない私は、人の評価に頼らなければ自己の価値を保てないのだろう。なんとも虚しいことである。
行動主義の立場では、人の習慣は何らかの強化子、つまりメリットを求めて形成されるらしい。それは動物も同じで、スキナーのオペラント条件付けはあまりにも有名である。ならば私もかのネズミやハトと相違ないに違いない。だからと言って別に人生を悲観しているわけではないが、
ときどき、自らの評価軸を持って行動する人がまぶしく見えてしまう。
いつかあんなかっこいい人になりたい。
そもそもエッセイを書き始めたのは、自分の実感を少しでも残しておくこと、また文章力を上げることが目的です。もしかしたら評価されない方がゆくゆくは自分のためになるかもしれませんが、そうなると続くかな...という思いでネット投稿を始めました。
最近はできるだけ文章を簡潔に書こうと努めています。




