召喚主に見放されるやつの身にもなってほしい
名前を聞いていないやつに話しかけるのは難しい。
魔女は自分から名乗ろうとはしなかった。
「なぁ……」
「……」魔女は答えない。
「なぁ、あんた」
やっぱり返事はない。
「……おーい、出来損ない召喚師」
「出来損ないはキミの方だろう」
なんだ、返事できるじゃないか。
「出来損ないじゃないならなんと呼んだらいいんだ」
「『星の|婢≪はしため≫』、と呼ぶものが多い」
「ほしの……星野さん? 長いからほっしーでいいか」
「……名を軽んじるものは人を軽んじるものである」
格言めいた文句を垂れた。
今度は俺が聞こえないふりをする番になった。
「なぁほっしー聞いてくれよ。笛が落ちてたのは何かの間違いなんだ。俺は握ったまま放しちゃいない」
「……自分の手も制御できないってことだろう」
「水盆の水を見たか? 指を突っ込んだのに水かさが逆に減ってた」
「……勢いでこぼしただけだろう」
納得してくれそうにない。
「キミの処分は追い追い考える。そこにいたまえ」
彼女は背を向けて、部屋を出ていこうとした。
「おい、ちょっと待ってくれよ」
俺はとっさに、翻ったローブを右手で掴んだ。
ぎゅっ、としっかりとした手ごたえがあった。
掴んだのは布だけじゃなかった。布の裏は髪の束だ。
ほっしーの髪は、隠れているだけで相当長いようだ。
「なんだ。用があるなら言え。トイレならあっちだぞ」
「待ってくれ、まだ能力がはっきりしたわけじゃない」
「本当に能力者なら、今のひと掴みで布に穴でも空いているだろうよ」
言い返すことができなかった。
手を放す。星の婢は部屋を出ていく。
俺は……本当になんの能力も授からないままこんなところに来てしまったのだろうか?
立ち尽くしていると、となりの部屋から悲鳴が聞こえた。
あの魔女、こんな少女みたいな声も出せたんだな?
どたどたと戻ってきた星の婢は、フードをとっていた。
「おっ、お前っ、わたしの髪をどうしたっ!」
さっきのまでの威厳のある声はどこへやら。
まるでかわいげな普通の少女である。
見ると髪が肩のあたりまでになっている。
布越しに掴んだときはもっと大量に束ねてある感触だったのだが。
俺の力で、消えたのだ。
「ぜ、絶対許さないからな!」
「すまない、悪かった、能力を示したくなってつい……俺にもコントロールが出来てないんだ」
しかし、また生えてくる髪がなくなっただけではない取り乱し様だ。
「その、大切な髪の毛、なんだな?」
「お前には絶対に教えない」
「じゃあ力の制御を教えてくれよ」
俺の異能を認めないわけにはいかなくなった星の婢は、声に威厳を戻して言った。
「ここの貴重なものを消されては困るからな。教えないわけにもいくまい」
「ああ。よろしくたのむ」
俺は握手を求めて右手を差し出したが、無視された。