彼女が残した夏の想い出
中学最後の夏休み。
保育園からの付き合いがある、お隣さんの幼馴染と恋人同士になった。
そして、二十日後に幼馴染は天国に旅立ってしまった。
分かりきっていた結末だったけど、俺は何もかも放棄したくなった。
胸にぽっかりと空いた穴は、日一日が過ぎていくと広がりつづけていく。
食事をしなくなった俺に、父親と弟が最終兵器だと、幼馴染の妹を呼び出した。
現状を認識した幼馴染の妹は、真っ先に俺を張り倒した。
真っ赤な顔で、幼馴染の遺言を何度も繰り返して聞かせてくれた。
多少浮上したところで、緊急召集された生徒会のメンバーからも、説教を喰らった。
俺は、生徒会の会長を務めていた。
だが、幼馴染を優先して、夏休みの業務を軽減して貰っていた。
これは、校長と学年主任教師に、会長職を辞任する意思を伝えて、理由を問われて有りのままを暴露した結果、譲歩された。
生徒会メンバーも共犯になる覚悟で、幼馴染との短い遊行を計画してくれた。
有り難いに、尽きる。
学校も、保険医と保護者付きでの小さな花火大会を催してくれた。
車椅子に乗った幼馴染は、少しはしゃぎすぎて、翌日から寝込んでしまった。
それからは、あっという間だった。
余命宣告された月日は、一日のずれも許さずに、幼馴染の命を奪っていった。
最期のお別れの日、本当なら部外者の俺は病室には入れなかった。
病室の外で、幼馴染の命が喪われていく瞬間を、ひたすら苦しまないようにと祈っていた。
幼馴染のお父さんが、呼んでいるからと病室に入れてくれた。
沢山のチューブに囲まれた幼馴染は、笑っていた。
見苦しい姿で、ごめんね。
そんなことはない。
一生懸命に足掻いている姿を、見苦しいとは思わない。
精一杯生きようと輝いていた。
あのね。
最期にキスして欲しい。
彼女らしいこと、何ひとつ出来なかったから、ファーストキス貰ってね。
苦しい息を吐き出して、出た言葉に呆れた。
あのなぁ、幼馴染の両親と妹や看護士がいるなかで、出来るか。
何時もの俺なら、反論しただろう。
しかし、俺は幼馴染に応えた。
冷たい唇に重ねる。
うわぁ。
えへへ、ありがとう。
幼馴染の彼女の最期の言葉。
未だに、耳に残る。
照れて病室を出た、という素振りでその場から離れた。
なぜなら、俺は泣き出していたから。
幼馴染にとって、最初で最期の恋は恋人ごっこでしかない。
が、俺は違う。
小学生時代から、幼馴染に恋をしていた。
彼女が好きだった。
出来るなら、彼女が生き延びて欲しかった。
余命宣告された日から、彼女は延命治療を諦めた。
かわりに、俺は必死で医学書を漁った。
医師の親戚に、治療方法も聞いた。
だけど、中学生に何が出来るというのか。
せいぜい、恋人ごっこに付き合うしかない自分に苛立ちが募るばかりでいた。
そして、二十日間の想い出を残して、幼馴染は逝った。
以降の夏休みを、どう過ごしたのか、あまりにも記憶にない。
ただただ、張り倒された記憶だけがある。
夏休み明け、弟と幼馴染の妹が、俺を始業式に出席させた。
そこで、顔を見合わせた生徒会メンバーに、始業式の手順は任せて、挨拶だけしてくれればいいと言われた。
済まない。
こんな、ぽんこつで。
言うと、笑われた。
一蓮托生ですよ。
これからは、馬車馬の如く仕事してもらいます。
生徒会メンバーの優しさに、頭が下がる思いだった。
今期の生徒会は、心の広い人材が務めてくれた。
かけがえのない、仲間だった。
だけども、何処にでも粗捜しして、生徒会を追い落とそうとする問題児がいた。
俺が挨拶をする間際に、今期の生徒会入りを果たせなくて、逆恨みしている風紀委員長が、生徒会のリコールを切り出した。
罪状は、生徒会の私物化。
許可を得た花火大会を、一人の生徒を特別扱いして行った会費の横領罪だという。
特別扱いした生徒と生徒会長は恋人同士で、彼女の我が儘で生徒会会費を持ち出してまで、花火大会を催した。
しかも、その花火大会は全生徒に周知していなくて、一部の生徒会取り巻き生徒だけを招待した。
全生徒に謝罪しろ。
風紀委員長の言い分に、生徒会メンバーは憤慨した。
概ね事実なので、受け入れた。
だけどな。
腸煮えくり返るのは、生徒会メンバーだけではないぞ。
俺は、マイクの電源を入れた。
「どうも、リコールされた生徒会メンバーの会長です。
風紀委員長が、伝えた内容は一部を除いて事実ですので、有り難く会長を辞したいと思います。
ですが、自分が会長職を辞任する理由はそれだけではありません。
夏休み前には、既に辞任の意向は顧問や学生主任教師にはつたえてあります」
講堂内がざわめく。
風紀委員長派の生徒が怪訝な面持ちで、壇上を見上げている。
問題提議したら、即リコールに移れると思っていたのだろう。
生憎と、そうはいかない。
刺し違えてでも、お前達の罪も明るみに出してやる。
「一・二年生の中には何の事だか、理解不能だろうが、説明しておく。
風紀委員長と生徒会長の自分とは同じクラスです。
そして、生徒会メンバーが特別扱いしているという生徒も同クラスです。
奇しくも、当該生徒は自分と幼馴染でした。
そして、当該生徒は曰く付きの生徒でもありました。
風紀委員長に当該生徒を紹介させると、遅刻、欠席の多い不登校生徒だと言うでしょう。学級担任ですら、その認識です。
事実誤認も甚だしい、不手際に腹が立ちます。
当該生徒は、中学入学時における身体検査で、再検査が必要になり、その過程で心臓に欠陥があることが判明しました。
余命宣告も受けました。
当該生徒は、医師と学校の相談の結果、病院から学校に通うことになりました。
特別扱いを嫌った当該生徒は、その事実を伏せました。
生徒を纏める生徒会メンバーには、伝えられています。
当該生徒をフォローするためです。
そして、今年は自分が会長を務めていることと、幼馴染であることを考慮されて、自分がフォローの立場になりました。
ですが、当該生徒もまた、余命宣告された月日が迫る中で、夏休み前に病室から出れなくなりました。
医師の見立ては、夏は越せないでした。
生徒会が企画した花火大会は、最期の夏休みとなる当該生徒への想い出づくりでした。
一部の生徒しか招かなかったのは、風紀委員長にも関係があります。
当該生徒は、同級生から苛めを受けていました。
風紀委員長は、現場を見ていた筈なのに、見てみぬ振りをしていました。
それは、学級担任教師も同じくです。
教科書、体操服、上履き、ありとあらゆる当該生徒の持ち物を破損させる。
当該生徒の机に、菊の花を飾る。
数々の嫌がらせや、暴言に暴力。
被害届けを出されてないと、安心して何も思わない同級生に腹が立ちます。
証拠は集めましたので、何時でも提出可能です。
実際に、校長には提出しました。
寛大なる処分が下されるといいですね」
先程よりも、ざわめきが大きくなる。
特に、率先して苛めに走っていた女子グループは、顔を青ざめさせている。
謝罪した方がいいだと。
誰に謝罪する気だ。
幼馴染は、もういない。
荼毘に臥された。
葬儀が終わっている事実も知らないだろう。
そう。
幼馴染の葬儀には、校長と学年主任教師だけが、出席した。
担任教師や、同級生は誰一人として出席しなかった。
幼馴染の両親は、担任教師に葬儀の日程は伝えた。
けれども、嘘だと決めつけて、からかいは止めて欲しいという伝言が残っている。
校長と学年主任は、それを聞いて土下座した。
苛めの事実と、担任教師のやる気のなさを教育委員会に問題提議すると、約束した。
生徒会メンバー情報で、担任教師はクラス担当を外れ、教育委員会主催の講習を受講させられるだろうと言う。
教師に適さないと判断されているのに、気がついていない。
マイクの電源をオフにして、一礼した。
そのまま、教壇を離れた。
体育館も出ようとした俺を、学年主任が捕まえた。
横に座らされる。
反対側の席には、クラス担当教師がいた。
青ざめた表情をしていたが、無視した。
式の進行は淀みなく進み、校長が教壇に上がった。
険しい表情をしている。
リコールを提案した風紀委員長は、逆に赤い顔色をしていた。
無理もない。
苛めを見てみぬ振りをしていた責任を、暴露返しされたのだ。
自分が生徒会を牛耳れると思っていたのが、泡と消えかけているのだ。
頭にきているだろう。
壇上に上がろうとして、校長に止められている。
「生徒諸君。新しい学期の始まりに、わたしは諸君に告げなくてはならないことがある。
先程、生徒会長が述べた様に、本校生徒が身罷る事態が起きました。
彼の生徒は、確かに心臓に爆弾を抱えていた。
一年時、二年時は病状と闘いながら、通ってきてくれた。
三年時には、病の悪化から余命宣告を受けた。
それでも、彼の生徒は中学に通い続けた。
しかしながら、ある一部の生徒が彼の生徒を苛めをしていた。
取り締まるべき風紀委員に、担当教師は苛めを見過ごした。
大変、遺憾な出来事が起きていたのを、諸君は気付いていただろうか。
生徒会のリコールを提案した風紀委員長。
君は、何をしていたかね。
担当教師。
生徒は皆平等に接しなくてはならないだろう。
苛めをしていた生徒。
自分より弱い生徒を、見下す日々は楽しかったかね。
わたしの、手元には幾つかの証拠がある。
自分は関係ないと、安堵している生徒もいるだろう。
それは、間違いだ。
見てみぬ振りをしていた生徒は多い。
三年生にとっては、高校受験が待ち構えている大事な時期であるが、この案件はわたしの辞職をかけて公表する。
わたしは、彼の生徒の葬儀の日に、ご両親に誓った。
クラスメートが一人も弔問に訪れない葬儀は、わたしの意識を変えさせた。
ただ一人の生徒と、在校生を天秤に掛けさせた悪意を世にだすと。
生徒諸君。
君達の前で演説をするのも、最後になるかもしれない。
けれども、わたしは必死に生きようとした彼の生徒の、願いを踏み躙る行為を赦せはしない。
生徒諸君に問いたい。
命とは、何か。
生きるとは、何か。
今一度、考えてみてください」
校長が断罪してくれた。
在校生は騒めいて、校長の話を聞いている。
隣の担当教師が、俺の腕を掴んだが払った。
話を聞いてやる価値もない。
どうせ、自分は何も聞いてない。
不登校児だと思っていた。
とでも、弁明したいのだろう。
担当教師は、苛めをしていたグループには甘い教師だった。
その場しのぎの、軽い謝罪に逃げるグループに注意だけして、苛めを受けた生徒に何が悪かったのかレポートを提出させる、阿呆な教師だ。
常識と良識を履き違えて、考えている最低な愚者。
頼りになる訳がない。
式が終わり、生徒は教室に戻っていく。
風紀委員長は、俺を睨みながら出ていった。
リコールが有耶無耶になり、残念だったな。
別に、リコールされても良かったんだ。
ただ、幼馴染を傷つけた仕返しはしてやりたかった。
これが、ざまぁみろ。
だろうか。
なあ、志穂。
俺は、仇をとれたかな?
花火大会で、朗らかに笑っていた志穂の顔を思い出す。
ポッカリ空いた穴は、埋まりそうにない。
ジクジクと痛むばかり。
夏が終わり、俺の初恋も終わってしまった。
こうして、たった二十日間の恋は、夏の思い出として強烈に残った。