61小節目 こういう時に頼りになるのはやはり幼馴染である
「あ、ゆーとくんっ。ごめんなさいっ」
「ゆーとくんっ……ごめんなさいっ……」
「ゆーと、くんっ……ごめんなさいっ……」
高野玲奈は、可能な限り僕にひっつき続けた。廊下で偶然会った時とか、部活中、下校するときも。それが出来る環境であるならばひたすら僕の身体にひっつき続けてきた。
もしかしたら、高野は僕にひっつかないといけない呪いにでも掛かっているんじゃないのか? と錯覚するほどに、それはもうたくさんひっつかれた。決まってひっついてきた時に謝罪の言葉を口にするのだから尚更呪いなんじゃないかなと思う。
「呪いなんじゃない?」
「えっ」
……実際、呪いらしい。
昼休み。わざわざ他のクラスから来ている高野に当たり前のようにひっつかれている僕に、幼馴染である佐野心音がそう言ってきた。
ちなみに、最初こそたくさんからかわれたけど、ほんの2、3日経った今では高野がくっついてくるのはもはや僕のクラスの日常風景と化してしまっている。2、3日で異変に適応してしまうんだから、人間というのは恐ろしい。まあ、一方的にひっつかれているだけであって、イチャイチャはしていないし……。
「そう。『恋』という呪い」
「っ……!?」
そんな言葉が心音から飛び出すと、高野は顔を真っ赤に染め上げてぎゅううっと僕になおのことしがみついた。うーん。分かりやすすぎる……。
ぶっちゃけここまでされて『あ、自分のことが好きなんだ』って思わない男子はいるのだろうか。もしいたらその男子は人間国宝級だと思う。
……でも、どうやら自分を無条件に好いてくれる=その人が好きになる、わけではないらしい。
「で? どうなの悠斗は。玲奈のこと、好きなの?」
「えっ? うーん……まだ、よく分かんない」
「そう? こんなに好き好きアピールされてるのに?」
「まあ、何というか。急すぎだからな、色々と……」
「確かに……玲奈って、男子に対してこんなに積極的になる子だとは思わなかったもんね」
高野が声にならない声を上げて僕の背中で悶えている。それでも逃げ出さない辺り、僕のことが本当に好きなんだな……と否が応でも思ってしまう。
もっとも、それと僕が高野のことを好きになるのとはどうしても別問題になってしまうのだ。高野の色々重すぎるバックグラウンドを知ってしまった以上、本当は高野のことを好きになってやりたいのだが……。もちろん、嫌いだとか、うざったいだとか、そういうネガティブな感情は一回も思ったことがない。
ただ単に、恋愛感情がまだ湧いて来ない。もしくは、恋愛の当事者という自覚が湧いて来ない。それだけのこと。原因は高野にあるのではなく、僕自身にしかない。
「こんなにされたら、僕としても好きにならなきゃなとは思うんだけど……」
高野が嬉しそうにぎゅーってしてくる。本当に分かりやすすぎる……。
「あはは……悠斗ってさ、すっごく優しいよね」
「そうか? 単に八方美人で優柔不断なだけだと思うけど」
「ううん。ウチはそうとは思わないよ。……玲奈」
「ひゃいぃいっ!?」
突然心音に話を振られたことで、もはや僕の後ろで抱き着いてると言っても過言ではない高野がびっくりしてとんでもない声を上げた。何なら僕もちょっとびっくりした。
「大丈夫だと思うよ、悠斗は。時間をかけて、玲奈とちゃんと向き合ってくれると思うから。……だからさ、一回言葉で伝えてみたらどうかな」
「えっ……!?」
僕の背中越しに高野に走った緊張がびりりと伝わった。
「その調子だとさ? 何となく、言葉で伝えてないんじゃないかなって思って。……まあ、玲奈が悠斗のことを好きなのは、ウチも悠斗も間違いなく分かってるんだけど、改めて口に出して伝えるのって大事だと思うんだよね」
不意に心音は僕に目線を合わせてきた。
「言葉で言えば、案外イチコロかもよ?」
「……な、何だよ。ニヤニヤして」
「何でもありまーせんっ。ってことでね、悠斗の幼馴染であるウチのアドバイスでした」
何とも絶妙なところでチャイムが鳴って、熱でもあるんじゃないかと見紛うほどに赤くなった高野はしぶしぶ自分のクラスへと戻っていった。
別に高野のことがめんどくさい、とは思っていないけど……ちょっとため息が出てしまう。仕方がない。こんな状況慣れてないんだから。
慣れてる男子がいたらもれなく世の中の男子の恨みつらみによって爆発四散されてるだろう。……もはや僕も、その対象になってるのかもしれないが……。
そんな僕をみかねて、心音が声を掛けてきた。
「悠斗。相変わらず大変そうだね?」
「まあね……」
「……アドバイス」
「うん」
「自分の気持ちには、素直になるべきだよ。ずるずる行くのが一番よくないからね」
「分かんないって言ってるじゃん。好きなのか、そうじゃないのか、まだ……」
素直になれ、と言われても。心の中に行動基準がどこにもないのだから仕方がない。まあ、多分、好きか嫌いかで聞かれたら好きに傾くんだろうけど……でも、それで簡単に決まる話じゃないんだよな……。
「ま、玲奈から告白してくれれば何か変わるかもしれないしさ。深く考えなくていいと思うよ?」
「……そういうもんか?」
「分かんない!」
「分からないんかい……」
呆れながらも、心音の明るさにちょっと僕の中で光が差した気がする。
こういう話をするにあたって、女子である心音が幼馴染でいてくれて良かったな、と思った。やはり恋愛話は女子が強い。
……ただ、この日。
「ゆーとくん……っ」
「どうした?」
「えっと……その……な、なんでもないですっ! ごめんなさいっ……!」
「高野……?」
「また明日、ですっ……」
帰り道で別れるまでに、高野が言葉で伝えてくることはなかった。いくらでも二人きりになるタイミングはあったのにもかかわらず、である。なんなら帰り道ずーっとひっついてきたのに、である。……人目が恥ずかしかったし、なんなら高野も恥ずかしいと思ってたらしいが、それでもなおひっつくのをやめなかった。
やっぱ心音の言う通り、呪いの類なんだろうな、もうな……。
それでもなお高野が言葉で伝えるに至らなかったのは、やっぱり心の準備とか、そういうのが必要だからなんだろうな。……いきなりひっつくのとどっちがハードル高いかって比べると、その辺は割と謎ではあるけれどもさ……?




