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With Heart and Voice -僕らの音は、心と共に-  作者: NkY
G 鳥かごの中のDreamer(夢佳√)
61/73

58小節目 よくわからないもの

「恋って、何だと思う?」


 越阪部(おさかべ)夢佳(ゆめか)からその言葉が出てきた時、僕は思考が固まった。



--♪--



見澤(みさわ)と話がしたい」


 昼休み。僕と、同級生のフルート吹きである越阪部は音楽準備室に二人でいた。そう、二人だけだ。僕ではない。越阪部がわざわざ二人だけにした。

 その上、越阪部は内側から音楽準備室の鍵を閉める、ということまでやってしまう。そう、完全に二人きりの空間にしてしまった訳だ。

 一体何をするつもりなんだ。越阪部。さすがに唐突に迫ってくるなんて展開はないと思うんだけど。


「……何かやらかしたか、俺……」

「そういうんじゃない。ちなみに何かやらかしてるとここで私に殺されてバッドエンドになる」

「は?」

「冗談だ」

「そんなタチの悪い冗談はいいから……」


 越阪部は入口付近の段差に座った。僕は部屋の奥の方で壁に寄りかかっている。距離はそれなりにあるし、越阪部は後ろを向いている。少なくとも『そういう展開』にはならないようだった。まあ、いつもクールな雰囲気をまとっている越阪部のことだし。僕もそんな展開は微塵も期待していない。


「……それで。何でこんなことを?」

「まあ、その……話があるんだ。先に言っておくと、告白とかじゃないからな」

「ああ、うん。先にそう言ってくれると変な緊張をしなくて済む」


 一応越阪部は僕のことをちゃんと異性として認識しているらしい。……中にはいるんだよな。僕の事を異性としてまったく見てないやつが。佐野(さの)心音(ここね)っていうんだけどさ。


 越阪部はひとつ息をついてから、意を決したように声を発した。


「付き合ってるか、と言われた」

「は?」

「私と見澤が」

「……」


 ……どんな話題だ、それ。


「見澤」

「な、何?」

「恋って、何だと思う?」

「……」


 僕はフリーズした。色恋沙汰からはとても遠い場所にいるであろう越阪部から、まさか立て続けにこんな話題が出てくるとは。しかも、僕に向かって、である。確かに告白ではない。告白ではないが……何という、話題だ。

 まあ、そりゃそうか。誰も入ってこれない部屋で話すことといえば、誰にも聞かれたくない話題になるよな。現状、越阪部と二人で帰れないし。


「……変なこと聞いてるよな。ごめん」

「いや、いいんだ。……でも、そんなこと真剣に考えたことないからな」

「そりゃそうだよな……私も無縁のことだと思っていたし、今でも思ってるからな。当然見澤のことは恋愛対象外だ」

「それ、面と向かって言うことですか……」

()は合わせてないぞ?」

「慣用句に突っ込みを入れるなって」


 まあ、恋愛対象外だからこんな話題を振るんだろうな……うん。


「何だ? 見澤は私のことが好きなのか?」

「ちがっ……」

「悪い。ちょっとからかってみた」

「……越阪部って案外そういうとこあるよな」

「?」

「いや、何でもない……」


 幼馴染である心音ほどいじりが酷い訳ではないが、越阪部も越阪部で結構僕の事をいじってくるよな。ああ、女子ってそういう生き物なのか。男子を尻に敷きたがるような優性遺伝子が先祖代々脈々と受け継がれているのか。


「まあ、その。何でも変な噂になっているらしくて。心音と二股されてるけど大丈夫? ってクラスの女子に言われるようになって」

「酷すぎるが」


 誰だこんな噂流したヤツ。ぶん殴ってやりたいが恐らく噂の出元は女子。さすがに女子を殴る拳は持ち合わせていない。困ったな。


「な? そこで私は『見澤はそんなことするようなヤツじゃない』って言ったらものの見事に勘違いされた」

「いや、嬉しいけどそこは付き合ってることを否定してくれ」

「あ、そうか。言ってなかったからか」

「おいおい越阪部さーん……」


 越阪部、実は抜けている側面があった。


「とはいえ、人間って否定すればするほどそれが真実だと思い込む癖があるからな……今更否定したところで時すでに遅しだな」

「まあ、その時に付き合っていないと越阪部が言ったとしても……か」

「困るな、本当に」

「だな……」


 なるほど。最近周りの女子の目がやけに冷たいのはそういうことか。とんだファンタジーである。何でこう、人間って大げさなゴシップが大好きなんだろうな……世間では有名人の不倫騒動がほぼいつもと言っても過言ではないくらいにニュースになってるし。

 そういえば確かに、越阪部と心音とで3人で帰る、ってことも最近は出来てないからな……少なくともその日常が戻れば、二股してるって変な噂話はなくなると思う。逆にハーレムを作ろうともくろんでる、みたいな噂が出来るかもしれないけどさ。


「そんなことがあったから、私も少し『恋』というものを考えるようになった」

「……」

「意外だよな。私も意外だと思ってる。我ながら。こんなにも影響されやすいだなんてな」

「人間なら普通だよ、多分……俺も、少しずつ意識はするようになってる気がする」


 そんな会話をしているが、二人の物理的な距離はかなりある。5~6mくらい。逆にこの距離じゃないと話せないような話題かもしれない。今の僕らにとっては。


「でも、俺には結局何も分からないんだよな。恋をするみたいな感情が。異性を異性として意識するっていうのは分かるんだけど……意識した先で超越して好きになる、という感じが本当に分からない」


 思ったよりもすらすらと言葉が出てきたけれど……僕は嘘を言ったかもしれない。僕は『あの時』の越阪部の笑顔に、何か違うものを感じて……ぐっと惹かれるような感情を確かに持った。

 でも、それをあらわにすると越阪部に嫌われてしまう、気持ち悪がられてしまうと思っているから……きっと、そうだ。だから僕は無意識に隠してしまうんだろう。


 恋愛が、怖い。結局は、そうだ。


「分かるな、それは。一応言うけれどもさ、この先の人生も見澤がいたらいい、とは確かに思う」

「……」

「けれど、その先の感情というのは……全然分からない。そう、『その先』なんだ。『友人として一緒にいたい』以上の感情を、私は感じることができない」


 越阪部の表情は分からない。顔色ひとつ分からない。越阪部の声色は至ってナチュラルだが、そもそも越阪部はポーカーフェイスな面がある。だから、今の越阪部の言葉がホントなのか、それとも僕のように無意識についてしまっている嘘なのかは分からない。

 でも、その言葉が嘘だとしても……越阪部の話す内容には同意できる気がした。


「これって、変か?」

「変じゃないと思う。俺も、何となく分かる気がするから。何となくだけど……」

「そうか。良かった。……こんなことを話せるのは、見澤くらいしかいないからな……」

「心音は?」

「心音はダメだ。こんなことを話すには、距離が近すぎる」


 僕と心音にこの状況を置き換えてみる。まあ、心音は素直すぎるから、普通に僕にこういうことを話すだろう想像はつくけれど……僕から心音にこんな踏み込んだ話をする、なんてシチュエーションはそうそう想像できたもんじゃない。あるとしたら、心音から何か僕の想像を超えた告白をされた時、くらいだろうか。


「なるほどな。何か、ありがとな」

「……感謝される筋合いはない。相変わらず変だな、見澤は」


 すっと立ち上がる越阪部。それはまるで照れ隠しのようにも思えて……そんな仕草を見て心に浮かんだ三文字は『可愛い』。すーっと、当たり前のように浮かんできた。

 意識、してしまっている。あの一件以来。しかし、それを恋だと定義づけることは出来ない。何しろ初めて抱いた感情であり、まだ理性で踏ん張りが十全に効いてしまうような、か弱い感情だから。

 それを恋だと定義してしまえば、越阪部は完全に友人ではなくなる。恋人となるか、他人となるか。極端に近い距離になるのか、極端に遠い距離になるのか。1か0だ。


 0.5とか、0.75には戻れない。どうやっても。


「よし。これで私の話は終わりだ」

「……」

「……見澤? どうした?」

「あ、ああ。何でもない」

「そうか。……せっかくだから、吹いてくか?」

「うん。そうする」


 越阪部は音楽準備室の鍵だけを解放すると、自分のフルートを組み立て始める。僕もトランペットを取り出し……バズィングをそこそこしてから、トランペットにマウスピースを取り付けて、適当に音を出した。

 楽器を演奏すると、変な場所に行っていた心が元いる場所に呼び戻されたような感じがした。平穏。平和。波風一つ立たない場所。


 そこにズバーン! と爆音を轟かせて落ちる雷のごとく開け放たれたドアの向こうに、ヤツはいた。


「あ! 二人だけでずるいー! ウチもまぜてー!」


 佐野心音である。既にアルトサックス装備済み。


「心音。もしかして嗅ぎ付けてきたのか?」

「女のカンってやつでございますわよ」

「キャラがおかしくなってるが」


 そうやって、3人集まってしまったからには。


「……合わせるか? 『アレ』」

「ああ」

「もちろん!」


 もはや楽譜いらずで演奏できるようになってしまった『翔空』のアンサンブルが始まる。わずか一週間程度で形になるとは、楽譜を渡された時には思いもしなかった。実際今でも嘘なんじゃないかと思ってしまう。

 誰一人つまずかずに、突発的に始まったアンサンブルは終わる。


「カンペキじゃん」

「だな」

「……まだほど遠いと思うが」

「いいんだよ、これで。夢佳のお母さんが見たいのは、ウチらと一緒に夢佳が楽器を頑張ってるところだと思うからさ」


 プロの人が演奏すれば、当然もっともっと良く聴こえるだろうことは分かる。けれども、今回求められているサウンドは多分、今の僕らが精一杯の力で演奏するものだと思っている。たとえ、つたなくっても、形にさえなればそれでいいんだと思う。


「それに。……タイムリミット、近いよ」

「そっか。そう、だな」


 いつまでも『翔空』の練習をしてはいけない。近く、部の全員で合奏する本番のステージが控えているのだ。完璧主義の越阪部は未熟な演奏を聴かせるのをよしとしないかもしれないけれども、理想と現実にはギャップが生じる。


 そして、越阪部はそこまで融通が利かない人間ではない。


「私から、提案があります」


 越阪部が意を決したように口を開く。


「私がまいた種だ、この提案をするのも私がやるべきだと思った。……明日だ」

「明日?」


 心音の問いに、越阪部は被せるように答えた。


「明日。聴かせに行こう。『アイツ』に」

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