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With Heart and Voice -僕らの音は、心と共に-  作者: NkY
C ちょっとした昔話
24/73

22小節目 粕谷未瑠のお話

 かおる先輩たちが入部する前まで、真中(まっちゅー)吹奏楽部は強豪校だったんだよ。コンスタントに西関東大会に出るくらいの実力があって、五年前には全国大会にも出場したんだって。

 多分二人も強豪校だったことは何となく感じてるんじゃないかなーって思う。音楽準備室に行けばコンクールの賞状があるし、結構状態のいい余ってる楽器もたくさんあるからね。


 じゃあなんで強豪校だったのかというと、顧問がすごく優秀な先生だったからなんだよね。そして、強豪校じゃなくなったのも、その顧問の先生が代わっちゃったから。粕谷たちは所詮ただの中学生だから、部の強さって大人である顧問の力にとても左右されちゃうんだよね。


 でも、いくら顧問が変わったからといって普通はそんな急に落ちぶれたりしないし、それに代わった先生もそこまで悪くない先生だったらしかったんだよ。

 音大をちゃんと出ていて、吹奏楽の経験もあって、その勉強もちゃんとしていた。吹奏楽部の顧問を務めることはなかったけれど、副顧問の経験はあった。そして元いた吹奏楽部も毎年地区大会を突破して県大会に出場するくらいの実力があった。


 そう、全然悪くない先生だったみたいなんだよ。……ここに来るまでは、ね。

 強豪校の顧問っていう肩書ってね、人を思いっきり捻じ曲げちゃうくらいの力があるみたいなんだよね。


 全国大会に行く! っていう目標を掲げて、厳しい練習をしたらしいんだよ。コンクールの曲も技巧重視で、自由曲も何だかよく分からない現代曲を選んで。あの先生は最初から全国大会で結果を残すことしか眼中になかったみたいだって、かおる先輩は言ってた。

 でも、いくら強豪校とはいえ中学生は中学生。あまりにも難解な曲とその先生の指導についていける人はあんまりいなかったし、結果も追い付いてこなかった。研究発表会で自由曲を披露したんだけど、その時に書かれた講評があんまりよろしくないものばかりで……そこから、先生は明らかにおかしくなったらしいんだ。


 あの先生は『心を捨て去れ、楽譜を再現する機械になれ』って言い始めたんだ。

 指揮棒を床に投げつけて、声を張り上げて頭ごなしに怒鳴り始めて……先生からも、部員たちからも笑顔が消えた。『楽しい』って言うことすら禁止された。


 地獄のようだったってかおる先輩は言ってた。結構な数の退部者が出始めて、編成のバランスが明らかに悪くなり始めても先生の態度は一切変わらなかった。むしろ、悪化したみたい。


 おまけに、弦バスの二人……一年生だった中井田(なかいだ)先輩と、三年生の先輩。全く演奏に役に立たないって言われてコンクールメンバーから強制的に外されたんだよ。弦バスの音はどうせ聞こえない、枠の無駄だと言われて。それがコンクール一週間前のことだったんだから、二人が受けた心の傷は計り知れないよ。


 そしてそれが、コンクールに起こる大事件の決定的な引き金になった。


 まだ一年生で部活に入ったばかりの中井田先輩はまだしも、三年生の先輩は他の部員たちからも人気があったんだ。その人がこんな理不尽な理由で中学生最後のコンクールに出させてもらえなくなった。そんな仕打ちを友達や慕っている先輩がされても、黙っていられると思う?

 少なくとも粕谷には無理だと思う。かおる先輩が同じ目にあったら絶対に黙っていられない。


 そこで部員たちはこっそりと集まり、こっそりと集会を開いたんだ。そして、ある計画を立てた。


『コンクール当日、集団ドタキャンを決行する』


 方法は単純明快。コンクールの日までは先生の言うことをちゃんと聞く。コンクール当日、一斉に休む。それだけ。

 まあ、要するにボイコットだよね。中学生でも思いつくし中学生でも実行できる、簡単かつ強力な復讐の方法だと思う。

 その計画にほとんどのコンクールメンバーが応じて……そのまま実行された。特に三年生にとっては最後のコンクールだったけど……そんなことよりも、この復讐に部活の青春を捧げることを選択した人の方が圧倒的に多かったみたい。


 ボイコットが実行されて、コンクール当日には数人しか会場に来なかった。その数人の中にはかおる先輩以外の今いる三年生の先輩が含まれていたらしいんだって。直前になって外された弦バスの三年生の先輩もいたって。


 つまり、今いる三年生五人……あ、アルトサックスの(しおり)先輩……荒船(あらふね)栞先輩ね。栞先輩は、この事件が起きた後に入ってきたから実質四人なんだけど、その四人の中でかおる先輩だけがボイコットにしたみたいなんだ。

 粕谷はボイコットする気持ち、すごく分かるよ。すごく分かるけど……かおる先輩はこの選択を、すごくすごく後悔してるみたい。


 その顧問の先生は棄権を選択した。こうして、この年の真中吹奏楽部のコンクールはステージに上がりさえせずに終わった。

 顧問の先生はつきものが落ちたかのように清々しく笑ってたって、恵里菜(えりな)先輩から聞いた……ってかおる先輩は言ってた。


 それだけじゃない。真中吹奏楽部は、吹奏楽部連盟が主催するイベント――つまり、研究発表会やコンクールなどといったイベントだね。そのイベントへ来年度末まで参加できないことになったんだ。

 だから、粕谷は今度ある研究発表会ってどんなイベントなのかまだよく知らないんだ。粕谷が一年生のころはまだ出禁を食らってた時期だったからね。


 今年ここに来たばかりの見澤(みさわ)くんは分からないと思うけれど、この強豪校で起こった突然のコンクールボイコット事件、地元ではそれなりにニュースになったんだよ。だから、多分玲奈(れな)ちゃんはどんな事件なのか何となくわかってたかもね。


 そして、そのボイコット事件の後が問題だったんだ。確かにその復讐は中学生でも実行可能な、すごく簡単ですごく強力な方法だった。実際そのあと、その顧問の先生は即退職したみたい。

 復讐は成功したんだ。中学生たちの恨みつらみは結実して、一人の大人の人生を捻じ曲げることに成功した。でも……復讐は、復讐を生むんだよね。


 そう、強豪の吹奏楽部は真島中学校にとって誇りだったんだよ。そのブランドがボイコットによって一気に陥落したんだ。

 学校の先生たちの多くはボイコットした部員たちでなく、退職した先生の味方になった。

 つまり、学校と吹奏楽部は敵対することになった。


 ボイコット事件の後、あからさまに吹奏楽部の部員に対して風当たりが強くなったみたい。その上吹奏楽部の部員数は一気に減って、しかもこの学校にいられなくなって転校をした人も中にはいたんだって。


 そこに保護者からのクレームも来た。吹奏楽部のせいでウチの子の人生が狂ったって、そんな感じのクレーム……なのかな。内容はともかくとして、結構な数のクレームが殺到したみたい。その大半が吹奏楽部の廃部を求めたみたい。

 ……違うんだよ。吹奏楽部自体が悪いんじゃなくて、あの顧問の先生が悪いんだよ。確かに子供の味方にはなっているんだけど、これじゃあ本当の意味で味方になっているのかどうか分からないよね、なんか……。


 ボイコットしてない人たちもその煽りを見事に受けて、一時は部活動が完全に休止になった時期もあった。

 学校側は保護者からのクレームを逆利用して、そのまま吹奏楽部を廃部にして大量に余る楽器を他の学校に寄付するなんて計画があったみたい。


 そうやって、そのまま吹奏楽部は消えちゃうはずだった。でも、そうじゃなかったんだ。


 かおる先輩が立ち上がったんだよ。ボイコットした後悔をバネにして、吹奏楽部復活に向けて立ち上がったんだ。

 そして、木下(きのした)先生というここの吹奏楽部のOGだった先生を味方につけて、色々奔走して……部員数こそ大幅に減っちゃったけれど、何とか部活再開にこぎつけることが出来たんだ。学校側も木下先生のお陰で一応存続は認める、みたいな感じにはなったんだってさ。


 あ、ついでだけどこのタイミングで栞先輩が入部したんだって。


 あと……その木下先生、その年いっぱいで突然退職したんだって。噂では過労とうつが重なったとか。


 と、まあ、そんな感じかな。肩身が狭くて、先生もいなくなって、あとイベントの出禁を食らってて本番のステージにもあんまり恵まれなかった。当然その調子じゃあ部のレベルアップなんて到底見込めない状況だから……結果的に、ものすごく部のレベルが下がっちゃったって感じ。まあ、だからといって楽しくない部活ってわけじゃなかったんだけどね、粕谷が一年だった時は。


 それに、確かに一時よりはマシにはなったとはいえ、学校からの風当たりは依然強めな状況ではあるみたいだし、保護者からの反発もそれなりにあるんだよ。ほら、本入部直後に何人か一年生辞めちゃったでしょ? それって、少なからずこれが影響していると粕谷は思うんだよね。


 GW(ゴールデンウイーク)中に休日練習が取れたの、ちょっとした奇跡だと思うんだよ? 粕谷的には。

 それを実現させたのって多分長谷川(はせがわ)先生だから……長谷川先生って今年から先生になったって言っていたけど、すごくいい先生なんじゃないかなって思うんだよね。かおる先輩も慕ってるみたいだし。


 ……ちょっと昔話から脱線しちゃったね。粕谷の話はこれでおしまい。

 大体はかおる先輩から聞いた話なんだけど、一部……そう、部活復活にかおる先輩が立ち上がったってとこら辺は、栞先輩から話を聞いたんだ。かおる先輩、そのことは隠してたからね。


 とにかく、二人ともあたしの話を真剣に聞いてくれてありがとね。

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