ジャイアントキリング
20歳の皆様、成人おめでとうございます。
「僕が代行者に?」
正直、母さんの言っていることが理解できなかった。
【神命】は成人の儀の際に授けられる称号のようなもので全員が授けれられるわけではなく、100人に一人という割合で授けられるのだ。
しかもそれを授かることさえ稀なのにその神命が【代行者】というのだ。
【代行者】は【神命】の一種であり、神命の中でも特別な部類に入る。事実、過去に代行者の神命を授かった者は何かしらの大業を為しているからだ。
「ええ、シャルロット 代行者かどうかは私の勘だけど神命を授かることは間違いないわ。だからあなたは力の使い方を覚えないとならないわ。」
「う うん分かった」
シャルロットは唾を飲み込みうなずく。
「それじゃあ今日はこれくらいにして家に帰りましょ もう瞬走は使えるわよね?」
母さんは話を終えるとさっきまでの真剣な表情はなくなりいつもの表情に戻った。
その変化にシャルロットは胸をなでおろす。
母さんの真剣な表情はあまり見ないから緊張したな…
「使えるよ!」
そう、僕は一か月の間に瞬走を使えるようになった。
最初は怪我をしたけど今では完全にコントロールできるようになっている。
「ちょっとお母さんは村で買い物をして帰るから先に帰っててちょうだい」
「うん、じゃああとでね!」
こうして僕と母さんは森林を後にした。
僕は瞬走を使ったため30秒ほどで家につく。
「それにしても僕が神命を授かる…か」
自分のこれからを想像して口元が綻ぶ
おっと…いけないいけない 常に油断はしちゃいけないんだよね!
そういいつつもシャルロットは自分の将来に夢を膨らませて鼻歌交じりに図書室へ向かっていった。
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「母さん遅いなー」
そう僕が呟いたのはちょうど一冊目の本を読み終え二冊目を読もうと手を伸ばしたころだった。
あまりにも遅すぎる。窓の外を見るともう完全に日は沈んでいた。
もしかして魔物と戦っている?しかし以前にも同じことがあったが母さんは元冒険者なのでこの辺の魔物に
やられるはずがなく、魔物を片手に帰ってきた。けれど今回は遅すぎる。
そう考えているとふと脳裏に何かがよぎる
「探究者…」
この前ライ麦畑の前ですれ違った探究者たちを思い出す。
あの二人組は村から森に向かって進んでいた。この辺にダンジョンや遺跡はないし普通森林の方までは討伐依頼はでないはず。都市へ帰っている最中って可能性もあるけどあまりにも軽装すぎた。
だったら、いったい何を…。
「まさか――!」
僕はショートソードと光石を持ち家を飛び出る。
そして瞬走で母さんと別れた森林へと駆ける。
探究者達は教会へ行き依頼を受ける、基本的に依頼には基本三分類と呼ばれる分類方法がある。
基本三分類は 探索 討伐 調査の三つに分かれていて、探索はダンジョンや遺跡の探索。討伐は魔物の討伐 調査は外来種の魔物などの調査だ。
探索の場合はドロップアイテムなどを回収するため重装で、討伐の場合は戦闘を目的としているため中装になる。そして調査では前に見た冒険者のように軽装になる。つまりこのカゴメ村周辺の森林には外来種が住み着いた可能性が高い。
未だ討伐されていないとすると母さんが襲われている可能性は十分あり得る。
早くいかないと――。
僕は森林に到着する。
「母さんは確かこっちの方向へいったはずだ」
母さんの通ったであろう道を瞬走で駆け抜ける。
魔力反応…!
近い――
反応のあった方向へと駆ける
そして魔力反応のあった場所へと到着する。
そこで僕が見たのは二メートルはあるだろう巨躯と対峙する母さんの姿
魔鬼――!
その巨躯の名は魔鬼といい。二メートルを超える体に膨大な魔力によって常時強化された筋肉。
そして何より特徴的なのはその角。額から生えた角は多種多様な形があり本数によって強さが違う。
この魔鬼は一本…一番弱い部類に入る…しかしそれでもその力は圧倒的で探究者の中でも毎年死者が出ているほどだ。10年以上も前に探究者を引退した母さんだったらいつ殺されてもおかしくない。
「母さんッ!!」
「シャル?!なんでこんなところに?!」
その時だった、母さんが僕へと視線を向けた時を魔鬼は見逃さなかった。
魔鬼は瞬走で一瞬にして距離を詰め
一閃。
魔鬼の手刀は母さんの皮膚を破り筋肉を裂く、そして骨を砕き腕を斬る。
左手が血を吹き出しながら宙を舞う。
母さんはあまりの激痛に顔を歪ませ叫ぶ。
「ガッアアァァァァッ!?」
ケリーは初めて経験する激痛に思考が止まる。
しかしシャルロットがこの場にいることを思い出し冷静になる。
我が子を死なせるわけにはいかない、自分を犠牲にしてでも生きてほしい
激痛に耐えながら思考する。
シャルを逃がさないと…
「シャルロット!!今すぐ逃げて!!早くッ!!」
必死に叫ぶ。しかしその願いが叶うはずもなかった。
目の前で母親の腕が飛びいつも穏やかな母さんが血まみれで激痛に顔を歪める。そしてそこに迫る魔鬼。
何もかもが異常だった。魔物と戦っている事は想定内だった。けどそれが魔鬼だなんて考えもしなかった。
理解が追い付かない。母さんが死ぬ。その現実がシャルロットを追い詰める。
逃げろと言っているが母さんを置いて逃げれるはずがない。
「母さんをッ!置いていけるわけない!」
「置いていきなさいッ!」
魔鬼の圧倒的なまでの存在感に手が震え、涙が出る。
――怖い。
無理だ。僕じゃ無理だ。
僕じゃ勝てっこない。
シャルロットが恐怖と葛藤しているうちにも魔鬼はケリーに迫る。
髪を引っ張り上げ地面に叩きつける。
だめだこのままじゃ死んじゃう
なら誰が助ける?
――誰も助けてくれない。
ならだれが戦う?
――僕しかいない。僕が戦う。
なら戦え。
――でも僕は弱い。
弱かったら負けるのか?
――そうだ。弱かったら負ける。
母さんはそう言ってたか?
――言わなかった。
そうだ。弱いものは強くなれる。
――弱いものは強く。
そうだ、生きようと強く願え。
――願う…
弱い者は生きようと必死になるから強い
――必死に。
そうだ強い者にはない力が、術がある。
――そうだ、僕にだって戦える力がある。
だから。
ーーだから。
「「――僕は生きたい。」」
手足の震えが止まる。服の袖で涙を拭う。ショートソードを構えて叫ぶ。
「母さんに手を出すなッ!僕がお前の相手だ!」
『ガェ?』
魔鬼は母さんを手放しこちらへゆっくりと向かってくる。
シャルロットはいつまでも自分を蝕む恐怖を抑え込み、足に魔力を溜め瞬走。
一瞬で魔鬼の背後へ到達する。鬼は子供だと油断していたため反応に遅れる。
霞むほどの勢いで足を踏み込む。魔鬼の背中へとショートソードを突き刺すと、捻じりながら引き抜く。
肉を抉る感覚が手に残りシャルロットへ不快感を与えた。
臓器をかき乱された魔鬼が痛みに声を上げる。
『ゴォッ!?』
しかしそれ以上の追撃を許さないというように魔鬼はシャルロットに拳を振るい距離を取る。
「グッ――――――ッ!」
魔鬼の拳が腹に直撃し血を吐く。
初めて経験する痛みに頭が真っ白になる。しかし
「生きなきゃっ!だめなんだ!」
自分にそう言い聞かせることで自我を保つ
どこか…隙があるはずだ。そこを狙えば!
――ここだ!
シャルは魔鬼が痛みに気を取られている所を見逃さなかった。
瞬走によって半分ほどの距離を疾走。距離を詰めたところで地面を強く踏み込み跳躍。
シャルロットの天性の魔力操作によって生み出される連続魔技の動き。到底一本角の魔鬼が相手にできる速さではない。
頬骨に繰り出される上段回蹴り。反応に遅れた魔鬼は対応できない。
魔力を込めた蹴りは無防備な魔鬼の頬骨を粉砕する。
『ッッ――グガァァァ!!」
壮絶な痛みに怒り狂う魔鬼は敵を殺すため手刀を繰り出す。
刹那、シャルロットの瞳が紅に変色する。
魔鬼によって繰り出される手刀はシャルロットの目前を掠めシャルロットの額からは血が滴る。
しかし致命傷にはならない。
その時、魔鬼は笑った。この時を待っていたかのように。
次の瞬間シャルロットの虚を突いた一撃が繰り出された。
魔鬼の獰猛な蹴りは風を裂き、激しい轟音を伴いシャルロットの中段、腹部に炸裂し、突き抜ける。
そしてシャルロットは苦しむ間もなく絶命する。
――未来視の中で。
シャルロットの瞳が紅に変色する瞬間、魔鬼はシャルロットに手刀を繰り出すが間一髪避けられる。
しかしそれは魔鬼の想定内。自分の勝利を確信し笑みをこぼす。
あとは足に魔力を溜め、目の前の子供の腹を中段蹴りで攻撃し、殺すだけ…のはずだった
シャルロットは繰り出される中段蹴りを知っていたかのように回避する。
魔力波によって魔鬼の体制を崩すし、再び蹴りを入れ10メートルもの距離を魔鬼の巨躯が飛ぶ。
(避けれる!目で捉えられなくても未来視を使えば避けれる!)
魔鬼は痛みに耐えながらも起き上がり戦闘態勢をとる。
つぎで決めなければやられる。
魔鬼は直感的にそう感じた。
そして同時に恐怖を抱く。目の前に立ち紅の眼光を放つ少年に。
魔鬼は自身の恐怖を飲み込み。――駆ける。
これで殺さなくてはならない。でなければ死ぬ。
魔鬼の足が地面を踏み込み抉れる。
――強者と弱者。圧倒的な戦力差は歴然。しかし決定的な違いがあった。
それは戦闘能力の差でも戦闘経験の差でもなかった。
――生きることへの執着。
生死を分ける戦いにおいて最も必要とされる力は生への渇望のみ。
この戦いにおいて魔鬼に最も欠けていたものであった。
そしてその差はこの戦いに大番狂わせを引き起こす。
その巨躯から繰り出される拳は見ることさえ許されない速さで敵を貫こうとする。
魔鬼には自信があった。この一撃で敵を殺せる自信が。
なぜなら今まで同族の中でも自分の拳を目で捉えた者はいなかったのだ。自分よりも強い者はいたがそれでも何とか防ぐので精一杯だった。この少年に見えるはずはない。
そして拳は少年の顔面に迫る。
――瞬間。
少年はそこに拳が来ると知っていたかのように避ける。
魔鬼はその事に驚愕する。
(ありえない。この少年の目は拳を見ていなかった。そんなことが…)
事実、シャルロットは魔鬼の拳を捉えてなどいなかった。
そもそも捉える必要などなかったからだ。結果を知っていればそこから移動すればいいただそれだけの事。
シャルロットにとって≪速さ≫はなんの脅威にもなりえなかった。
最速の拳をシャルロットは避け、魔鬼の首を斬り落とす。
そして魔鬼が絶命したことを確認するとシャルロットは母の元へ駆けて行った。
追記 タイトル変更しました。