愛のヒーロー ポチョムキン
“ヒーロー”。いわゆる英雄である。ヒーローは数あれど、これほど迷惑なヒーローはいないのではないのだろうか。
愛のヒーロー、その名は“ポチョムキン”。
一般男性の腰ほどある発達した大腿筋。その大腿筋と変わらない太さの上腕二頭筋。
脇の筋肉も発達していて腕を真っ直ぐ下ろす事が出来ず、意識せずとも大胸筋はピクピクと波打つ。
歩く度に揺れるその三つ編みにより、女性の髪型から三つ編みは消え、恐怖の象徴となる。
彼──いや、彼女は今日も真っ赤なルージュを唇に塗り、戦闘準備に入る。
彼女はヒーロー。もちろん、誰もヒーローとは呼ばない自称ヒーローである。
しかし、考えてみてほしい。
昨今ヒーローは数あれど、始まる前からヒーロー戦隊と名乗っているではないか。
今も残っているシリーズものも、ウルト◯マンは宇宙人、仮面ライ◯ーなど敵に改造された、ただの怪人である。
では、ヒーローとそうでないものの違いは何か。
それは“揺るがぬ信念”ではないだろうか。
それは、昔から変わらず一つの信念。
“困った人々を助ける”
この信念を貫き徹すことこそ、後に人々から“ヒーロー”と呼ばれるのではないのか。
彼女──ポチョムキンもその“困った人々を助ける”という信念を持っているのだ。
ただ周囲は“(ポチョムキンに)困った(イケメン限定の)人々を(恐怖のどん底から)助ける”というヒーローを望んでいるのである。
今日もブラトップにハートマークの描かれたビキニスーツを着て夜の町を徘徊するポチョムキンであった。
警察上層部は頭を抱えていた。鳴り止まぬ苦情の電話。内容は全て同じ。
“ポチョムキンを何とかしろ”である。
警察もただ手をこまねくだけではない。早々に対策を練り対応したのだ。
まずは、通常の捕獲を試みた。
しかし、ポチョムキンの怪力の前になすすべがなく、一人の先走った警察官が発砲。
ところが、ポチョムキンの鋼の筋肉の前では、意味がなかった。
次はポチョムキンを懐柔しようとした。警察自ら、綺麗どころを募集し、ポチョムキンを誘惑しようとしたのだが、女性に全く興味を抱かず、果ては中年警部が集まってくれた女性にセクハラするという失態まで犯してしまった。
ポチョムキンの被害の影響を一番受けたのはホストクラブだ。
ポチョムキンにとってかっこうの餌場。
警察と協力して自警団を発足。
しかし、虚しく散っていくイケメン達。
ホストクラブには、「カッコー」と閑古鳥が鳴く。
そして現在。警察上層部は、ついにポチョムキンの弱点を捕捉する。
そして新たに結束されたのが対ポチョムキン最終兵器“F .G .O”である。
全ての隊員は、ダルダルにたるんだお腹に、脂ぎる皮膚のオッサンという精鋭の集まりである。
夜の繁華街でポチョムキンカーと名付けたイケメンを積み込むためのリヤカーを引くポチョムキンに、F.G.Oは立ちはだかったのである。
「そこまでだ、ポチョムキン!!」
F.G.Oのリーダーが前に出て、ポチョムキンに向け指を差し啖呵をきってみせた。
「やだー、気持ち悪いぃ!」
昨夜もイケメンを救うべくベッドの上で一晩中、必殺“愛の囁き”を使い、がらがら声のポチョムキンは、嫌悪感に震える。
「──!!」
リーダーが手を挙げて合図を送ると、F.G.Oの面々は一斉にポチョムキンを取り囲んだ。
ポチョムキンは焦ることなく、リヤカーを手放しポキポキと拳を鳴らしながら眉間に皺を寄せ睨み付ける。
「悪は、倒す!!」
一向に怯む様子のないポチョムキンに対して、F.G.Oの面々は脳裏に今までの辛い訓練を思い出し、気合いを入れるのだった。
遠巻きに見ていた野次馬も、F.G.Oの顔つきを見て「これは、イケる」と期待に胸を膨らませる。
リーダーが手を天高く挙げ、振り下ろすと同時に喝を入れる。
「“動けないブタはただのブタ”作戦始めぇ!! 我々が動けるブタであることを証明せよっ!!」
一斉にポチョムキンに飛びかかるF.G.O。
今、警察の命運を賭けた一戦が始まろうとしていた。
「かなり素早いわねっ! よく鍛えているじゃない」
ポチョムキンのがらがら声が、繁華街と思えないほど静かな周囲によく響く。
二メートル近い巨体でありながら、その鍛えられた筋肉により信じがたい速度で、襲い来るF.G.Oを躱す。
しかし、負けじと訓練で鍛えあげてきた連携プレイでポチョムキンを捕まえようと迫る。
武器? 彼らは警察官である。武器など持たない。持っても警棒やら拳銃程度。
ポチョムキンには効きやしない為、無意味であった。
ポチョムキンも自称愛のヒーローである。暴力などもってのほかで、その筋肉は相手を引き剥がしたり、捕らえたりに用いられるのだ。
「触ったぁ!」
F.G.Oの一人が声を大にして叫ぶ。指一本、指一本ポチョムキンに触れたのだ。
小さな一歩、しかしそれはポチョムキンにとって痛い一歩だった。
触れられた瞬間、全身に悪寒が走り鳥肌が立つ、そして触れられた箇所に猛烈な痒みが走る。
蕁麻疹だ!
「貴様らぁ! 絶対に許さぁん!!」
とうとう彼らはポチョムキンを本気にさせた。
「落ち着けぇ! これからが本番だぁ!」
リーダーの指示で冷静さを取り戻すと、再び取り囲む。
ピンチはチャンス。
キレたポチョムキンは、より前向きになる。
避けてもギリギリで、触れるチャンスは増えるのだ。
「かかれぇ!!」
威風堂々としたポチョムキンに一斉に飛びかかっていく勇敢なF.G.O。一般市民は、その姿に感動を覚えた。
指が触れる度にポチョムキンの行動が鈍くなる。その隙に再度アタックをかけると、とうとうポチョムキンの体にしがみつく事に成功したのだ。
「うおぉぉぉぉ!」
沸き上がる歓声。しかし、それもつかの間。
しがみついた彼の服をポチョムキンが掴むと圧倒的力で引っ張り離される。
「服だ! 全員上半身裸になれぇ!」
リーダーの指示に従い、F.G.Oの隊員は上半身裸になり、そのたるんだお腹を見せつける。
再びアタックをかけると、染み込んだ汗で重くなった服を脱いだことにより、そのスピードが増す。
「軽い、軽いぞぉ!」
隊員の一人が軽快にポチョムキンの眼前で反復横跳びをする度に、揺れるお腹を見せつける。
思わず目を背けたくなるポチョムキンは、隙を作ってしまい抱きつかれてしまう。
脂ぎった体に不健康なべとつく汗。
触りたくない一心でポチョムキンは、隊員のズボンのベルトを掴んで引き離しにかかる。
無理な態勢であったが、ポチョムキンの筋肉から血管が浮き出すほどの力を込めると、片手で持ち上げてしまう。
「化け物め!」
「貴方達に言われたくないわ!」
「くっ! 全員、ズボンを脱げぇ!」
「リーダー! それは警察官として大丈夫なのでしょうか!?」
大丈夫ではないだろう。少なくとも公然でパンツ一枚になれば、警察官でも公然猥褻になる。
ましてや今の時代、あっという間に警察の恥だとSNSで広がるだろう。
「やれぇ! 責任は俺が取るぅ!!」
「了解であります!!」
周囲の大衆から、一斉にシャッター音が鳴り響く。これでポチョムキンを捕まえたらヒーロー、捕まえられなければただの変態になる。
F.G.Oの背水の陣で思わぬ苦戦を強いられるポチョムキン。
しかし、F.G.Oにとって予期せぬことが起こる。
ポチョムキンが苦戦のあまりに冷静になってしまったのだ。
冷静さを取り戻したポチョムキンは、異変に気づく。何度も触られる内に、蕁麻疹が出る者と出ない者がいることに。
まさかと思いポチョムキンは、三度のバク転で距離を取る。
一般市民は急に側に来たポチョムキンを恐れて逃げ惑う。
「ポチョムキンアイ!」
説明しよう。ポチョムキンアイとは、イケメン限定で変装すら見破れるのだ。
「くそっ! アタシとしたことが! Y.Iを見逃すなんて!!」
ポチョムキンは悔しさのあまり、地面に拳を叩きつける。
震度計が震度1を観測した。
ポチョムキンの言うY.I。それは、ポチョムキン的隠しキャラ、Y. Iである。
「なんて、恐ろしいことを……」
そもそも警察官にこれだけのF. G. Oがいるはずがない。
彼らは警察官の誇りと共にその容姿を捨てた。
つまり、太っていたのではなく、太ったのだ。
ポチョムキンにとって、イケメンを捨てるなど恐怖以外何者でもない。
「アタシが、アタシが救ってあげるぅ!!」
愛のヒーローとして困ったイケメンは放っておけないポチョムキンは、ポチョムキンアイを発動したまま、突撃していく。
「イケメン、イケメンじゃない、イケメンじゃない、イケメン」
ポチョムキンアイでイケメンを見極めながら、イケメンはポチョムキンカーに積み重ね、それ以外は路上に投げ捨てる。
とうとう残りはリーダーのみとなってしまう。
先ほどから的確に指示を出していた彼はイケメンなのか、そうではないのか、果たして。
「イケメンじゃなぁぁい!!」
リーダーは、天高く放り投げられ、路上で積み重なったイケメンじゃない方の山の頂上へと捨てられる。
誰もが、黙ってしまう中、ポチョムキンはポチョムキンカーを引き繁華街の闇夜に消えていく。
これからポチョムキンカーに乗せられたイケメン達への必殺“愛の囁き”をするために。
「墓碑に向け全員敬礼!」
翌朝、警察庁の屋上に建てられた大きな墓碑に、今回のF.G.Oの隊員の名前が刻まれている。
彼らは勇敢に戦い散っていった。
マスコミに追い回された警察上層部は言う。
「彼らこそ、ヒーロー」だと。
連れ去られた隊員達は殉職扱いとされ、二階級特進となった。
残された隊員達は、全員懲戒解雇となった。
「あれを、あれを倒せるヒーローは現れないのだろうか?」
パンツ一丁のF.G.Oの写真と共にこの呟きはSNS上で今年一番バズることになった。
あれとは、果たしてポチョムキンのことなのか、警察の恥のことなのか、白熱した両論がバズった理由であった。
ヒーローなんてものは、どの視点から見るかで変わるというお話である。