7.
ミラー姫兼ミックへの贈り物を腕の前で抱えたミラーは、大通りから脇に少し入ったところに立つ、とある店の前で足を止めた。
「リュコス、カーテンと布団カバーならこの店がいいよ」
ミラーの声にその店の看板を見上げると、そこには雑貨店の文字があった。
そう、王家御用達の~とか高級寝具店とかではなくごくごく一般的な、しいていうのなら市井の人達が頻繁に足を運んでいるのだろうなといったような店であった。
別に高級寝具がよかったとかそういう気持ちはない。
寝室なんてプライベートな部分を誰かに見られて、やれクリストラ家のご令嬢は市井の人間と同じものを使っていると貶められることもない。
とどのつまり寝られれば一緒である。
確認してみて明らかに質が劣り、睡眠に悪影響を及ぼす……なんてことがあればカバーだけ変えるというのも一つの手ではある。
まぁそんな神経質な人間ではないつもりではあるが。
とはいえ、あんなに城下町に知り合いがおり、すっかりなじんでいるミラーが案内してくれた店だ。信頼してもいいだろう。
どうぞとエスコートするようにミラーが開いてくれたドアをくぐる。
「いらっしゃいませ」
来店を告げるベルに引き寄せられるように可愛らしい店員さんがこちらへとほほえむ。
それはもうまるで恋する乙女のような輝かしい笑顔である。
彼女の視線の先にいるのはミラーもといミックである。
顔はいいのだ。たぶん性格もいい。そして彼女を含めた城下町の人たちが想像している以上に高い身分を持っている。
これで惚れるなという方が無理な話か……。
実際にここに来る前、何度となく繰り返した『同僚宣言』にほっと胸をなで下ろす少女たちを何人も見てきた。
そしてその現場に始めて立ち会わせた私でもわかるほどにヒシヒシと伝わるその思いに全くもって気づいていないミラーの姿も。
姫または王子だからと気づかないフリをしているのかと初めは思ったのだが、この男、想像以上に鈍感なのだ。
おそらくこの少女の思いにも全く気づいてない。
「リサ、今日は彼女用の布団カバーとカーテンが欲しいんだ」
だからこうも大胆にそんなことを聞けるのだろう。
せめて直前に『同僚宣言』をしてからにして欲しかったと恨めしげにミラーの顔を見上げてももう遅い。
目の前に「彼女、彼女……」と呟きながら固まっている少女がいると言うのに、ミラーは完全に悪いことをしたという自覚はないのだ。
確かに悪いことはしていない。していないのだが……せめて空気は察して欲しい。
「リサ? どこか調子でも悪いのか? 俺たちなら勝手に見させてもらうからレジで休んでいるといい」
ミラーとしては気を使ったつもりなのだろう。だがリサと呼ばれたその少女にとっては追い打ちをかけられたようなものである。
「そう、させてもらうわ……」
背中を丸めてレジへと戻っていく少女は、思い人のデートをまざまざと見せつけられたような気分なのだろう。
ニコニコと笑って「リュコスにはどれがいいか」なんて選ぶ気MAXのミラーがその思いこみに拍車をかけている。
ミラーはきっと誰かと一緒にお買い物が出来て嬉しいだけだと思うのだが、ここで訂正するのも変な話である。
――この誤解は後日、私とミックが同僚だと思ってくれている町の人に解いてもらうことに期待しておこう。
今はそんなことよりも重要なことがある。
少女から、子どものようにはしゃぐミラーの手元へと視線を移す。
「リュコス、これどうだ? 可愛くないか!」
そして彼の手から、ローズピンク色の生地にバラの刺繍の入った布団のカバーをもぎ取ると速やかに棚へと戻す。
「ダメ……か?」
ミラーは捨てられた子犬のように潤んだ瞳で私を見下ろす。
あのピンク色は彼の趣向だったのだ。
長い間、姫として育てられたミラーは可愛いものが好きなのだろう。
――と折れそうになるが、ここで折れたら負けだと自分を鼓舞する。
別にミラーが何色が好きだろうと、どんなものが好きだろうとかまわない。
ショッキングピンクでもローズピンクでもサーモンピンクでも、ベビーピンクでもフェアリーピンクでも、なんなら私が分からないような色が好きでもいい。
ただ私の部屋がこれ以上ピンクに浸食されるのを防ぎたいだけなのだ。
全ては私の視覚のため!と手近な棚から目に優しい真っ白なカバーを手にとる。
「これにするわ」
自分のおすすめが却下されて沈んでいたミラーであったが、私の手の中のカバーに生地と同じ色の糸を使ったバラの刺繍が入っているのを見つけると頬をゆるめた。
それからすぐにミラーは何かをひらめいたかのように顔を上げる。
そして私を残してどこかへと向かい、しばらくするとなぜかカーテンと同じようなデザインのテーブルクロスやクッションカバーを抱えて私の元へと戻ってきた。
「これも買おう!」
ナイスアイディアだろう?と言ったようにキラキラとした目でこちらを見つめてくるミラーは気に入ったもので周りを固めたがる気質のようである。
ますます犬に見えてくるわ……。
「そうしましょうか」
脱ピンク一色生活の次は白バラかと思わないでもないが、主張は少ない上に自室と共同スペースとで分散している分、いい方ではあるのだろう。
それに私もバラは好きだし。
私の腕からカーテンをとると、ミラーはまとめて未だ意気消沈気味の少女の座るレジへと持って行く。
「リサ、会計を頼む」
少女はミラーの声に顔を上げて、そして悲しそうな顔で手早く会計を終わらせるとすうっと息を吸い込んだ。
「ミック、お幸せに!」
私よりも10近く年が下であろうその少女が無理矢理作った笑顔は、私には何よりも美しく見えた。