6.
「手を繋がないか?」
「え、なんで?」
「なんとなく?」
「なら嫌」
「そうか……」
残念そうに視線を地面へと注ぐミラーの頭に犬の耳のようなものが見える気がして、申し訳ないことを言った気分にならないわけでもない。
私だって手くらい繋いであげてもいいんじゃないかって思ってる。
でも、この状況で手を繋いで歩けるほど私のメンタルは強くないのだ。
「よう、ミック! 今日は彼女連れか?」
食事を終え、いよいよ買い出しに!と意気込んで塔を出た私達はすぐ、城の門番さん達に声をかけられた。
魔導エレベーターの中でミラーに説明された、城下町での愛称である、『ミック』と名前を呼んでいるところからして、仲がいいのだろう。
そしておそらく「よう」と片手を挙げて軽く挨拶を交わす、目の前の男がミラー姫と同一人物だと気付いていないのだろう。
だがそんなことを知らずとも、いや知らないからこそ、ミックとはそこそこの付き合いがあるらしく、仕事中だというのに1人の声につられるように他の2人もこちらへと走ってやってくる。
「なんだ、彼女か!」
「ついにミックにも春が来たか!!」
まるで自分のことのように喜ぶ彼らの顔から視線を逸らして、ミラーは私の表情を窺い見る。
どう答えるべきか迷っているのだろう。
伝わるかは分からないが、伝わることを祈りつつ、奥さんとだけは言ってはいけないという意味を込めて軽く横に首を振る。
するとミラーは理解したとばかりに小さく頷いてから、彼の回答に群がる3人に視線を戻した。
「彼女じゃない。同僚だ、同僚」
「同僚ってミラー姫様のところに新しく使用人が入ったのか!? そうか、そうか!! こりゃあめでてぇ。嬢ちゃん、ミラー姫様とついでにこいつのことをよろしく頼む」
「はぁ……」
いきなり手を堅く握られ、これはどうするべきなのかと悩み、とりあえず緩く握り返しておく。
すると男は快活な笑みを向けて付け足す。
「こいつ、空気は読めないけどいいやつだからさ!」
「なんだよ、それ……」
「ミラー姫様はたいそうお綺麗でお優しい性格だって聞いてはいるけど、お前のことだから姫様の機嫌を損ねてるんじゃないかっていつも冷や冷やしてたんだが……新しく嬢ちゃんがいてくれるんなら安心だな!」
「ああ!」
ミラーとミックが同一人物であると知っている私としては、本人を目の前にして散々な言いようだと思わなくはない。
だが当の本人は「大丈夫だっていつも言ってるだろ」と頬を膨らませるだけである。
彼自身、愛されているのを分かっているからだろう。
ミックも、ミラー姫も。
頬を膨らませながら、からかわれ続けるミラーを横目に、ついクスリと小さな笑いがこぼれた。
「リュコス、君まで……」
「それだけあなたが大事にされてるってことでしょ」
「そうかな?」
「そうよ」
それからすぐに来客が来たため、門番さん達は本来の仕事へと戻っていった。
なんだか胸のあたりが暖かくなってきたわ、と意気揚々と城下町を目指して歩きだした。
――そして私はミラーの人気があれくらいでは留まりきらなかったことを知ることになる。
「あら、ミックじゃない! あらあらあらあら! お前さん、新聞なんて読んでる場合じゃないよ!! あのミックがついに可愛い彼女を連れて歩いてるよ!」
「なんだって!?」
「レストミィのおばさん、この子は彼女じゃなくて同僚のリュコス」
「はじめまして」
「あら、彼女じゃないの。残念だわ……」
こんなことを繰り返すのはもう何度目だろう。
数えるのすら面倒になる程、ミラーと歩けばいたるところから私と彼との関係を勘ぐる声が投げられる。
その声にミックと呼ばれたミラーは嬉しそうに笑って、私は彼の紡ごうとする言葉を遮るように「同僚だ」と言い張る。
「そうか、ミラー姫様の! ならこれ持って来な!」
そして何人目かもう忘れてしまった1人の老女がくれた布袋にまた一つ貰い物が増えていく。
そう、歩くたび、声をかけられるたびに私達の荷物は段々と増えていくのだ。
まだなに一つとして目的の物を買えていないというのに、もう帰り道かとツッコみたくなるほどの大荷物である。
門番さん達からではなく、ミックとミラー姫はこの城下の人間に愛されている。
自国にいた時に入ってきた噂なんて全くアテにはならないと認めざるを得ないほどである。
いくら姫様だと、王族だといってもここまで愛されることはほとんどない。結局のところ、王族というのは平民にとってはただの国の象徴であり、身近な存在などではないのだ。
その上、もう何年も塔から出てこないどころか、姿さえも見せない存在をここまで思うことができるだろうか?
それは現国王とミラー姫、ミックの人柄のお陰なのかもしれない。
なにせ私もまた会って二日でここまで絆されてしまっているのだから。
けれど、いやだからこそ私は、彼の隣にいるのは期間限定なんだと言い出すことができない私は『同僚』だと言い張ることにした。
だって彼女かと聞かれるだけでの恥ずかしいのに、仮であるとはいえ奥さんだなんて……。顔が真っ赤になってミラーの背中に隠れなければ塔への帰り道を歩けなくなる自信がある。
それになにより、私は一年後にはこの場所から居なくなる。いや、二三日中には送ろうと思っている、お父様への手紙の返答次第では一ヶ月も留まることはないだろう。
いくら私とミラー、当人同士が承諾した関係とはいえ、国同士で認識の相違があれば戦争とまではいかなくとも、今までの関係性が崩れることだってあり得るのだから。