3.
「それでミラー、私はどこで寝起きすればいいのかしら?」
「隣に君の部屋を作ってある。気に入ってくれるといいんだが……」
そう前置きをして連れていかれた、今後1年間お世話になる部屋のドアを開いた私は……数秒でドアを閉めることにした。
目に多大なる負担をかける色彩を放つ家具などその他諸々を見なかったことにして、背後でニコニコと楽しそうに笑う男にゆっくりと身体を向ける。
「それで私の部屋はどこかしら?」
「え? ここ、だけど……?」
「ここはあなたの部屋でしょう? 私は『私の部屋』の場所を知りたいの」
「……もしかして、気に入らなかったのか?」
「あなたは本気で、このトーンは違うとはいえピンクオンリーのこの部屋に私を寝かせそうとしているの?」
別にピンク色を否定するわけではない。
確かに一つ一つの色は可愛い。
まだ幼い頃にお茶会に参加するために何度かピンク色のドレスを仕立て上げたものだ。
自分にその色が似合うか似合わないかなど全く気にしていなかった頃の、もう昔の話ではあるが、生地屋と針子と母と侍女、何人もの意見を聞いて最高に可愛いドレスを作り上げた。
そんな時ですら私はピンク一つとってもこんなにカラーバリエーションがあることを知らなかった。
こんな可能性を秘めた色だったとは……昔の私が知ったら驚くだろう。
だがそれはもう10年近く過去の話。
今は見ても可愛いな〜とか、どこどこのご令嬢には似合うんだろうな〜とか思う程度で、その色を身に付けたいとは思わない。
以前、桃色の花のブローチを商人が売りに来た時、父や弟はいいんじゃないかなんて言ってくれたが、私と母は分かってないなと首を振った。
ハッキリ言ってピンク色は、特に淡いその色は私には似合わない。
顔が負けるし、私には眩しすぎる。
ピンク色を沢山視界に入れると、目が痛くなるお年頃なのだ。
……というわけで私はあの部屋には寝られない。
どういう体勢で寝ることを想定したとしても、絶対に視界に入る。
無理、休める気がしない。
「女性はピンク色が好きだと聞いたんだが……」
「その偏った情報、誰から聞いたのよ」
「兄だ!」
まさかあの王子の入れ知恵だったとは……。
なぜだろうか、悪意を全く感じない。
いや、多分ミラー自身にも悪意なんてものはないんだろう。
ただちょっと張り切りすぎたその方向が大幅に逆走してただけ。
「好みは人それぞれだって遠回しに伝えといてちょうだい」
「わかった」
真面目な顔で強く頷く男を見ているとなんだか妙に力が抜けてしまう。
「とりあえず今日のところはここで寝るけど……さすがにカーテンは取りたいから協力してちょうだい」
「わかった。代わりのカーテンだが、明日一緒に城下町まで買いに行こう」
「いいの!?」
「ああ。さすがに今日はもう遅いから無理だが、そう何日もないままじゃ辛いだろう。それに、ずっとデートって憧れてたんだ……」
「デートじゃないわよ、買い出しよ、買い出し」
嬉しそうに笑うミラーの顔に、正しいことを言っているはずの私の声が小さくなる。
なんだろう、この否定することへの罪悪感。
「買い出し、買い出し。奥さんとの買い出し! 楽しみだな〜」
ミラーは鼻歌でも歌いそうな様子でテキパキとカーテンを外していく。
彼の中では『デート』も『買い出し』もほとんど同じ意味らしい。
まぁどっちで呼ぼうとも、やることは一緒なんだけど。
そういえば買い物なんて自分で行くの、いつぶりだったっけ?
えっと確か……去年の秋口にハイキングをすっぽかされたことへの苛立ちをぶつけるためにウィンドウショッピングとやらに行ったのが最後だったかしら?
といっても商人が屋敷に持って来たものから選ぶのが主な買い物で、どうしてもそれで手に入らない場合は、使用人に買いに行ってもらったりしているため、自分で足を運ぶなんてそうそうない。
多分自分で買い物に行くなんて片手で数えられるくらいの回数しかないんじゃないかしら?
去年の秋のと、6歳になって少しした頃に勉強の一環で城下町に買い物に行った時と、後は本屋さんに2度ほど。
後は、メイガス王子と行く予定もとい彼の引率役を押し付けられた挙句、スッポかされたこともあったな……なんか思い出したらイライラしてきた。
そして同時にこの男もまた直前になって予定が入ってたんだとか言ってスッポかしてどこかへ行ってしまわないかと不安になる。
「ミラー、明日の買い物だけど予定は大丈夫なの? 別に無理なら私一人で買いに行くからいいわよ? というかあなた外に出てもいいの?」
思い浮かんだことを端から投げつけて、口にしてからふとずっと時計塔に身を隠している彼がこうも簡単に外に出てもいいのだろうか?との疑問に突き当たる。
買い物くらい一人で行ける。
それに元々侍女になるつもりでここに来たのだ。
公爵家の令嬢とはいえ、もうメイガス王子と婚約破棄したワケだし、その直後に自主的にとはいえ他国に身を移すような女に誘拐の価値などない。
私は賓客でもなければ、この国の貴族と婚約を交わしたわけでもない、ましてや留学生でもない他国の令嬢なのだから。
そう思うと私の立場って結構微妙よね。
これでさらに一年後には実家に帰って、お父様や弟の世話になるわけでしょう?
外聞悪っ!
「俺の心配をしてくれているんだな!」
「いや、そういうわけじゃ……」
「俺ならここ数年ですっかり塔付きの騎士だと思われているから大丈夫だ」
「ああ、なるほどね」
確かにこの状態のミラーを成長したミラー姫と考えるよりも、年頃の姫君の警護に付いた騎士だと考えた方が自然である。
この時計塔よりも高い建物と言ったら城くらいなもので、おそらく王族や関係者以外は誰もミラーがこうなる成長過程を見たものは居ないのだろう。
それにミラーの服装も王族や貴族が着るような仕立てのいい服ではなく、どちらかと言えば町の平民が着ているような量産されている服のようだ。
その服がこうも似合っているのだから、彼を第一姫だと思うものは居なくても当然なのかもしれない。
「ということで知り合いはたくさんいるし、城下町のことも知り尽くしているから案内は任せてくれ!」