2.
数日後、正式にメイガス王子と私の婚約破棄を示す書状が届いた。
お父様の書斎に呼び出され、その内容が告げられた。
どうもお父様の話は政治的な内容が絡みすぎるので要約すると、メイガス王子は今後しばらくの間は社交界から離れることになったらしい。
それと同時に第2王子が王位継承権第1位に上がった。
つまりはこのまま特に問題が起きなければ、まだ10歳の誕生日を迎えたばかりの第2王子が王位を継ぐことになる。持病が完治した今、それに対しての心配はないと言っても過言ではない。
まぁ彼が無理なら十大貴族の中から代理の国王を出せばいい。
だがおそらくどこの家から出すかで結構揉めるだろうからそれは王族や貴族達からしてみれば避けたい事項なのだろう。
……例え国王代理争いが起ころうとも、次期当主である弟と第1王子との婚約破棄をした私の2人しか子どものいない当家にはもう関係のないことだ。
重要なのは私の今後についてである。
お父様もそれを伝えるために私を呼び出したのだろう。
長々とした前置きはいわば私に心の準備をさせるための時間。
もう本題に入ってくれて構わないとお父様の目を一層強く見つめ返すとそれを合図にお父様の声のトーンはほんの少しだけ高くなる。
……ということはこれから話されることは私にとって『良いこと』であると判断していいのだろう。まずはホッと一安心をする。そして再び気を引き締めて言葉を待つ。
「リュコス、お前の今後についてだが……お前さえ良ければギルハザード王国の姫君の侍女をしてみないか?」
「は? 隣国の姫様の侍女……ですか?」
「ああ、そうだ」
どこの家に嫁ぐことになったのかと心構えはしていた。一応、修道女となるかもしれない可能性も考えてはいた。
だが侍女……侍女、である。
それもあの姫様の。
ギルハザード王国の姫君――そう聞いて真っ先に浮かび上がるのは第1姫のミラー姫である。おそらく私でなくともこの大陸の国に住む者なら誰もが彼女を思い浮かべることだろう。
ミラー姫といえば社交界では『時計塔の姫君』として有名である。
どんな事情があるかは他国であるこの国には流れてはこないものの、もう何年もギルハザード王国の城内にある時計塔から一歩も出てきていないのは有名な話だ。というか話しか知らない。
噂で聞いた話では確か私とさほど歳も離れていなかった。だから侍女として歳の近い同性を近くに置きたいという気持ちもわからなくはない。
ただなぜそれがよりによって私なのかは全くもってわからないのだが。
「なぜ私にその話が回ってきたのか、理由をお聞かせいただけますか?」
「国王陛下が持ってきてくださったのだ。……お前もこの国では過ごしづらいだろう」
それだけ聞けばああなるほどと納得する。
何代か前に一度、ギルハザード王国の姫君を王族に迎え入れてからというもの、二国間での国交は盛んではないものの存在する。
他国との国交が少ないギルハザード王国からしてみれば我が国は数少ない仲のいい国であると言えるのだろう。
だからこそギルハザード王国はその話を持ちかけた。
そして我が国にはなんともタイミングのいいことに、今後の身の振り方に困っている少女がいる。それもよりによって十大貴族の娘である。王子がやらかした以上、それ相応の対応をしなくてはならない。ならばいっそのこと両方一気に解決してしまおう!という魂胆なのだ。
――といえば一見、当家は厄介ごとを押し付けられただけのようにも思えるがお父様が私にこのことを尋ねるということはそこそこの利益はあるということだ。
後は私の返事次第。
……それもこの国への執着はほぼない私の。
「そのお話、お受けいたします」
「そうか。すぐに返事をしよう。リュコスはすぐにでも隣国に行けるようにしておきなさい」
「はい」
貴族から排出する侍女なんて、数年間適当にお話し相手を務めるだけで終わるだろう――と、この時の私はそんな安易な考えをしていた。
待機すること数日。
早速来て欲しいと返事があってすぐにギルハザード王国へと向かった。
そして立派な時計塔の最上階で私を待ち受けていたのはミラー姫。……………………そう、間違いなく目の前の相手はミラーという名前なのだ。
「俺の城へようこそ、リュコス。歓迎するよ」
……ただ想像していた人物像と大幅に違っただけで間違いなく当人なのだ。
いやだってまさかその姫君が実は体格のいい男性だったなんて想像もしないでしょ……。
どこが姫だよ! 無理があるでしょ!と叫びださなかった私を誰か褒めて。
こんなところでメイガス王子のお守りで培った経験及び忍耐力が役に立つとは思わなかったわ……。
ここ数年姿を見せなかったというのも納得なほどに、目の前の青年はそれはそれは見目麗しい容姿をお持ちなのである。
顔だけが取り柄だったメイガス王子なんて目じゃない。
ちなみにギルハザード王国の第1王子は優しい人そうだな……と言った感想を持つ顔立ちである。良くも悪くもそれが第一印象であり、その他の印象は薄い。
目の前の青年との共通点といえば銀色に輝く髪色くらいなものだろう。2人とも何で手入れしているのかと問いただしたくなるほどに艶があって、本当に羨ましい限りだ。
それに最大の不思議は体格も塔に引きこもっているはずの彼の方第一王子よりもずっとたくましいということである。それこそ騎士として鍛錬に励んでいてもおかしくはないほどだ。
……とここまで感心しておいてなんだが、さすがに顔と髪質がいいからとクラリと来たりはしない。
「……帰ります」
「待ってくれ。さすがに初夜も迎えずに隣国から娶ったご令嬢を帰した、なんて噂が身内の中だけでも立ったら、困るんだが……」
「申し訳ないのですが、私は『侍女』としてこの場に参じたので『妻』としての役目は果たせません」
「え、もしかして話、通ってないのか?」
「……なんのことでしょう?」
あっちゃあと頭を抱えてしゃがみこむミラー姫だかミラー王子だかわからないその人のツムジを睨みつける。
視線に込めるのはもちろん事情を説明しろという圧力である。
王族相手だろうとなんだろうとネコを被るつもりなどもうほんの少しだろうと残っていない。
なんならファーストコンタクトが最悪に終わって、この話を無かったことにしてくれても構わない。
だが目の前の青年は悪いなと軽く謝ると今回の話の内容を説明し始めた。
「まず初めに俺の名前はミラー=ギルハザード。一応この国の第1姫ってことになってるんだが……見ての通り男だ」
「なぜ男性なのに姫と偽っているのですか?」
「男よりも女の王族の方が命狙われにくいから昔から2番目に産まれた男児を姫として育てる……っていう風習があるかららしいが……現在この国で兄上を暗殺しようなんて馬鹿な考えを起こすものはいないだろうな」
「……なるほど」
そしてこの時計塔に籠っている理由は男であることを隠すためなのだろう。
簡単に、とは言わないまでも代理人を探す苦労は少ない我が国に比べてギルハザード王国の王位は世襲制だ。
命を狙われるとはなんとも物騒なことだが、珍しい話でもない。そんな中で血を絶やすわけにはいかないのならばいくつか手段は講じておくに越したことはない。
それが第二王子を姫として育てることだっただけだ。
「それでリュコス、君にして欲しいことなんだが……君さえよければ俺の奥さんになってくれないか」
「え、嫌」
「即答か!?」
この国の方針がわからないわけではないが、私は『侍女』としてやってきたのだ。
数年後には実家に戻って、弟達に厄介になろうと計画していたのになぜ結婚などしなければならないのだ。というか知っていたら普通に断ってたし。
「お試しでまずは一年だけでいいから、暮らしてみないか? な?」
「……一年だけなら、まぁ……」
別に角度を変えて私の顔をしきりに伺う彼の必死さに絆されたわけではない。
ただ一年だけなら当初の計画よりも短いくらいだし、悪くはないかなと思っただけである。
「本当か!? じゃあ、今日からよろしく頼むぞ。俺の奥さん」
「奥さん(仮)ですからね」
「ああ!!」
――こうして私とミラー王子?の夫婦(仮)生活が始まった。
「……これから毎日こんなに人と話せるなんて幸せだな……」
とりあえず今の私が分かることといえば、彼が求めているものが『妻』ではなく『話し相手』なのではないかということだけである。
なら『侍女』でもよかったんじゃないかと思うが、それはわざわざ伝える必要はないのだろう。