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「うわぁすごい……」

 ミラーに手を引かれ、城下町の中心である噴水広場へと足を向ける。

 すると目当ての場所に近づくにつれて増えていく装飾や出店の数々に息を飲んだ。


 ミラーからは年に一度の豊穣祭だということしか聞いておらず、詳細を聞き出そうとしてもいつも「当日の楽しみが減るから教えない」の一言で済ませられてしまう。

 だがこうしてこの場に立ってみて納得した。

 下手な知識を入れない方が良いとミラーは思っての行為だったのだろう。


 昨日まではなかった、各商店や木々を彩るカラーライトも、木を彫って作ったのだろうオーナメントも。

 どれも間近で見てこその感動があるのだ。


 ――そして何よりこの四方八方から鼻をくすぐる香りの数々!


 朝のトレーニングは念入りに、けれども朝食は紅茶を流し込むだけで済ませた私の研ぎ澄まされた嗅覚はついつい反応してしまう。

 だがそれはミラーも同じこと。


「この出店はお祭りの時限定なんだ。つまりこの日を逃せば次は来年! リュコス、二人で分けられるものは分けて、なるべく種類を多く食べよう!」

「ミラー、あなた天才ね!」


 経験者はやっぱり違うわねと尊敬のまなざしで彼を見つめる。


「まずは何が出てるかのチェックから始めようか」

「ええ」

 まだ時間が早いというのに、歩けば腕が知らない誰かと当たってしまうほどの人混みである。

 何でも昼時には国王陛下の挨拶があるそうだ。

 だからそれまでに教会にお祈りを捧げたり、店同士の挨拶や買い出し、はたまた早めの昼食などを今の時間から済ませてしまおうというわけだ。


 私たちの立場はどちらかと言えば、人混みを縫って走る子ども達と近い。

 何度か足にぶつかった彼らはどの子も首からコインケースをかけており、謝罪の言葉もそこそこに再び目的地へと駆けだした。もちろん目的地というのは出店である。

 普段は学校や家の手伝いなどをしているのだろう子ども達がはしゃぐ姿が微笑ましくてついつい温かいまなざしを向けてしまう。

 それと同時に出店で買った品を分け合って食べる私たちにも近隣住民からの温かい視線と差し入れが渡されている。


「ミック、リュコスちゃん。これも食べな」

「いいのか!?」

「ちゃんと分けて食べるんだよ」

「もちろん」

「ありがとうございます」

「いいのよ。この前、うちのおばあちゃん助けてくれたお礼なんだから」


 すっかり顔見知りになった彼らは二人で食べきれるかと不安なほどの量をおいていく。

 でもその心配は不要だ。

 いつの間に集まったのか、じいっとこちらを凝視する目がたくさんあるのだ。

 おいでおいでと手招きすれば小さな背丈の彼らは導かれるようにしてこちらへとやってくる。


「一緒に食べましょう?」

「いいの?」

「もらいものだけど、みんなで食べた方が美味しいもの。ねぇ、ミック?」

「ああ。ほらほらちゃんと手、拭いてからな?」

「うん!」


 一人、また一人とやってくる子ども達に濡れタオルを渡していく。

 まさかこんなに活躍するとは思わず、持ってきたのは二人分だったので、拭いては水魔法でゆすいで絞っての繰り返しである。

 だが途中から人数が増えて、それも面倒になってくる。

 だから一直線に並ばせて、手を前に出すように指示をする。そしてその手の上に小さな球体を作り出して、濡れた手をタオルで拭いていくようにした。


 ――しかし効率的にと始めたはずのこれがなかなか終わらないのだ。


 それもそのはず。

 子ども達はよほどそれが気に入ったらしく、手を拭いてはまた列に並んでを繰り返している。

 だがこうもキラキラした目で見られると、注意も出来ない。

 いつもは学校や家の手伝いに忙しいのであろう彼らの姿を見ることはなかなかない。城下町という場所柄、あまりこうして遊ぶことも少ないのだろう。


「あんまり洗いすぎると後で手がカサカサになっちゃうわよ?」

 だから私が言えるのはこのくらいのこと。

 それも「大丈夫!」とそろえた声で返されるから意味なんてないのだけれど。


 途中からは手を洗うのを止めさせて、代わりに水魔法でウサギやモルモット、アヒルを作ってタイルの上を歩かせることにした。

 これは子ども達の後ろからずっとこちらを興味深そうに見ていた大人たちのためである。


 みんな足を止めて、通行や営業の邪魔になってないかしらと思い、近くの店に視線を向けてみるものの、どの店も手を止めてこちらを見ている。

 王族のミラーですら道具を使わずに魔法を使っているところを見る機会は少ないって言ってたし、もしかしたら中には初めて見るって人もいるのかもしれない。


 トテトテと歩き出したその子達に誰からともなく拍手がなり始める。


「お姉ちゃんすごいや!」


 キラキラと尊敬のまなざしを向ける子供たちに、ミラーは「そうだろう、そうだろう。リュコスはすごいんだぞ!」と誇らしげに胸を張る姿はなんだかおかしくて、ついつい笑いがこぼれるのだった。




「いいものを見せてもらったよ!」

「ありがとう、楽しかったわ」


 動物達の行進が終わると、人々は笑顔と共に賞賛と出店で買ったものをくれる。


「また増えたわね」

「リュコスのおかげだ」


 さっきの倍ほどに増えたそれらを子ども達と一緒に囲んで、「美味しいね」と笑いあう。


 予定とは違う、大所帯に大量の食事。

 これもお祭りならではのことなんだろう。


「チョコついてるわよ」

「ええ!? とって、とって」

「もう……」


 隣の子どもの頬についたチョコレートをふき取ると「ありがとう」とお礼を言って、彼はまたクレープを頬張る。

「う~ん、おいしい」

「良かったわね」

「うん!」


 こうして子ども達のお世話をしていると、まるでお母さんにでもなった気分である。

 いつもはミラーにお世話してもらってばっかりだけど、私たちにも子どもが生まれたらこうして隣に座らせて一緒に食べたりするのかしら?

 なんて想像して恥ずかしくなる。


 子どもなんてまだ早いわよね。まだ結婚もしていないわけだし。

 赤くなった頬を両手で押さえて、誰かに見つかる前に早くさめてと念じる。けれど子ども達は意外と目ざといものだ。


「姉ちゃん、顔真っ赤だよ。風邪引いたの?」

 そう一人の子が言い出せば、その好意は伝染するかのように広がっていく。


「大丈夫?」

「寒くない?」


 ミラーに至っては「俺の風邪が移って……」なんて絶望に染まったような表情でこちらを見つめるのだ。


「心配してくれてありがとう。でも私は大丈夫よ。ただね、この時間が楽しくて興奮しちゃってるの」

 そう告げると眉を下げて首を傾げていた子達はニコニコと笑いだす。


「そっか! 俺も楽しい!」

「俺も」「私も!」

 こんなに純粋で心優しい子供たちばかりのこの国は生涯安泰ね、と近くの子どもの頭を撫でる。金色のその髪はお日様のように温かくて思わず頬がゆるむ。


 ふと視線を感じて、顔をあげるとそこには他の子達が順番待ちの列をなしていた。

 喧嘩することなく、ただ一心にこちらを見つめるだけである。

 その列の最後尾にちゃっかりミラーも加わっていて、前の子と楽しみだねなんて笑っていた。


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