18
約束通り手芸屋さんに向かい、予想以上に多くの生地を購入したミラーは一心不乱にミシンのアクセルを踏み続けた。
そしてその結果――風邪をひいてベッドで寝込んでいる。
「だから少しは休みなさいよっていったじゃない」
「これくらいならまだ大丈夫って」
ゴホゴホと盛大に咳込むミラーの背中をなでてから、これでも飲んで落ち着きなさいと水を渡す。
思えば三日ほど前から兆候はあったのだ。
トレーニング中の動きが鈍かったし、昨日に至ってはあのミラーが縫う場所を間違えたのだ。
さすがにこれはおかしいと自らリッパー係に名乗りをあげて、ミラーの手を引いて無理矢理布団に寝かせたのが昨日のことである。
数ヶ月目にして初めてとなるミラーの部屋は黒と白がベースで、小物に色がある程度の部屋で、私の予想とは大幅に違う何とも男性らしい部屋であった。
だが今更ミラー相手に緊張することもなく、ましてや今はそんな時ではないのだ。
今朝も三度のノックの後に返事もまたずに水差しとコップ、それにリンゴを乗せたお盆を手に進入した。
するとそこにはやはり無理して起きあがろうとするミラーの姿があった。
「ご飯、今から作るから」と申し訳なさそうに眉を下げるミラーを布団に戻し、この数ヶ月で上達したリンゴを口に押し込んだ。
そして私もそのリンゴを「朝食はこれでいいわ」とシャクシャクと音を立てて食べて見せる。
するとリュコスがそれでいいなら……と納得してくれたはずなのに、今度は机の上のミシンに向かおうとするミラーを止めている。
「寝てなさい!」
「だって……」
こうもミラーが聞き分けのないのには訳がある。
お祭りはもう二日後に迫っているというのにミラーが仕上げようとする服はまだできあがってはいないのだ。
後どれくらいで完成出来るかなんて、そんなことは本人が一番わかっているのだろう。
だからこそこの一週間は寝る時間を削ってまで、けれども私とのトレーニングと食事やお茶の時間は削らずに頑張り続けたのだろう。
「年に一度のお祭りだからお揃いの生地で作った服を着たかったんだ」
熱のせいか、ミラーの目はうっすらと潤んでいた。
以前作ってもらった時も感じたことではあるが、ミラーは服を作ることはもちろんのこと、誰かに着てもらうことが嬉しいようなのだ。
だからこそ、一年にたった一度しかないこのお祭り用の服を仕立てようとした。
だがそもそもこの短い期間で一人で二着もの服を、それも結構装飾に凝ったものを作ろうということに無理がある。
私も手伝えればいいのだけれど、今の私では満足にできるのはリッパー係だけでそれ以外は足を引っ張るばかりで時間が倍ほどかかってしまう。
デザインを見て、ここは穂をイメージしているのね! なんてはしゃいだものの、私としては体調を壊してまで作って欲しい服ではないのだ。
「ねぇミラー」
「何?」
「その服は来年じゃダメなのかしら?」
「え?」
「今年のお祭りまではもうさほど時間がないけれど、来年までだったら後一年もあるわ。それだけあればミラーなら二着とも仕上げられるでしょう?」
「リュコス……」
「一年もあれば私の手芸スキルもあがってるだろうし、少しはお手伝いできるわよ? それに簡単なアクセサリーを作って二人でつけましょう?」
二人でお揃いの生地に、お揃いのアクセサリー。
城の人たちにからかわれたり、町の人たちに微笑ましい視線を送られる未来しか想像出来ないけど。
最近ではいつ結婚するのかなんて聞かれることもあるくらいだから、そんなのは今更のことではある。
「それは楽しみだな」
だから今は頑張りやなミラーが少しでも身体を休めてくれることが最優先である。
「楽しみが少し先になっただけなんだから、今はゆっくり寝なさい」
普段は届くはずもない、ミラーの頭に手を伸ばしてサラサラの髪を撫でる。
するとミラーは気持ちよさそうに私の手に頬を寄せて「おやすみ」と目を閉じるのだった。