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 あれから国同士で何度か手紙の行き来があったらしいが、無事に話はついたらしいとリーグルからの手紙で知った。


 そして私たちの中の唯一とも言える問題は無事に解決したと平凡で幸せな日常を送っている時、リンデル国では大きな問題が起こっていたらしい。


 リーグルからの手紙によると――メイガス王子とフラン様の処遇を決める際、あの日使った魔法道具の結果を詳しく解析してみたところ、メイガス王子側の結果に異様な魔力反応が見つかったらしい。

 データの改竄が行われている可能性があると、あの日の鑑識官とその他複数人の分析官などを集めて解析した結果、フラン=ビスカトーレがメイガス王子に禁忌とも言える魅了魔法など感情を意図的に操る魔法を長期に渡って使っていたことが判明したのだという。


 リンデル国では禁忌の魔法を、それも王子相手に使った者としてフラン様の生家であるビスカトーレ家の爵位剥奪や、彼女の国外追放は大ニュースとなったらしい。

 それと同時に、術に操られた状態下で婚約破棄をされてしまった私はどうなるのだろうかと社交界ではしばらく噂になっていたが、それは何とか国王陛下やお父様がどうにかしてくれたようだ。


 その話を知った私はといえば、そうなのか、大変だったんだなぁくらいの感想しか浮かばなかった。

 というよりも婚約破棄なんてそんなこともあったなと、今ではすっかり過去の出来事となっていたのだ。


 自分でも薄情な人間だと思う。

 それでも過ぎたことに引きずられ続けるよりも前を向いて今の生活を謳歌する方がいいと思うのだ。



 だがその続きに書かれた内容には大きく目を見開いた。

 解析に引っかかったのは、王子がフラン=ビスカトーレにかけられた術に必死で抵抗していた反応だったというのだ。


 メイガス王子は宮廷魔導士5人がかりでその術を解いてもらったその日のうちにクリストラ家に自ら足を運んで謝罪したのだという。


 自分はしてはいけない過ちを犯してしまったのだと、深く頭を下げて。

 今までのこともまとめて謝ってくれたらしい。


『だから嫌みを込めて姉さんは他国で幸せに過ごしているよって言ってやったんだ。そしたら王子、何ていったと思う? 良かった、だって。嬉しそうにさ。だから許しちゃったけど……いいよね、姉さん』


 ――なんて事後報告をもらったら許さないわけいかないだろう。


 元よりメイガス王子は実の弟の何倍も手の掛かる弟のような存在である。

 そしてそれは彼よりも年が下であるリーグルにとっても同じことなのだろう。


 ご丁寧にもそれから送られてくる手紙にはメイガス王子の活躍が書かれるようになった。


 ――といっても、王族としてはごくごく当たり前のボランティア活動だったり、公共施設などの訪問など些細なことではあるのだが。

 それでも私から見ればメイガス王子がいかに頑張っているのかが伺いしれるのだ。


「リュコス、何かいいことでも書いてあったの?」

 それこそリビングでその手紙を読んでいるとミラーに不思議そうに顔をのぞき込まれるほどに頬が緩んでしまう。


「ええ。リンデル国にいた頃の知り合いの近況が書いてあるの。元気にやっているらしくてね、なんだか嬉しくなっちゃった」

「そっか」


 ミラーに用意してもらった紅茶をすすりながら、メイガス王子にもいつかいい相手が見つかるといいのにと思ってしまう。

 今のメイガス王子はもう私といた頃のワガママばかりで、努力をすることをあきらめてしまうような人ではないようだ。


 国王候補としてやり直すこともできるのに、今後は弟君の補佐を務めることに決めて、今までの汚名を返上するために今まで逃げてばっかりだった勉学に励んでいるらしい。


 私は王子の『いい相手』にはなれなかったけれど、その代わりに私は『いい相手』を見つけることができたのだ。

 今の王子ならきっと、そう遠くないうちに彼を支えてくれる女性に出会うことが出来るだろう。




「あ、リュコス。クッキーもあるぞ」

「いただくわ」


 それにしても王子が変な魔法にかかりさえしなければ私はミラーと出会うこともなかったと考えると不思議な話である。

 あのときのことがなかったら、きっと今頃ワガママで、私のことが大嫌いなメイガス王子の世話を焼いていたことだろう。

 はぁっと毎日飽きずにため息を吐いては王子の尻拭いをして……こうしてジンジャークッキー片手に穏やかな時間を過ごす未来なんてあり得なかったはずである。


「今日はジンジャー多めにしてみたんだ」

「さすがミラー! 紅茶とよくあうわね」


 そして鍛え抜かれて太くなった腕の男とこうしてお茶をすることも。


 ミラーはここ最近、いっそうたくましくなった。

 その理由は明らかである。トレーニング量がいつもよりも増えたのだ。



 つい一ヶ月ほど前、たまたまいつもよりも早く目が覚めた私は朝の日課の筋トレに向かおうとするミラーと出会った。

 朝食がまだ用意できていないのだと申し訳なさそうに眉を下げるミラーに、私も付き合うわと答えたのが始まりだった。


 初めは塔の屋上で、木製の剣を振るうミラーを眺めたり、筋力トレーニングのカウントを手伝っていただけだった。


 だが正直な話、見ているだけというのも暇なものである。


 そろそろリーグルから定期的にもらう『食べ過ぎ注意』の忠告と、ゆったりとしていたはずのドレスが妙に余裕がなくなってきたように感じることから目を逸らしたくなってきた私は、ミラーのまねをして水魔法で作りだした剣を振るってみたりしてみた。


 するとこれが思いの外、楽しいのだ。

 途中で線がブレて飛び散った水で小動物を作ってみたりもするが、結構真面目に取り組んだ。


 そうすると動いてお腹が減るからか、朝食が今までよりも美味しく感じるのだ。

 あのミラーの作る料理がさらに美味しく!

 これはもう明日も続ける以外の選択肢などないわね! と素振りを続け、一週間が経った頃には、私もミラーと同じ回数とまではいかずとも彼を参考に少しずつ筋力トレーニングを始めるようになっていった。


 一ヶ月が経った今では、初めに私が目撃した時よりもミラーのトレーニングの密度は格段にあがっている。

 さらに朝食の時間は変わりないというのに、一週間前からは新たにランニングが加わった。



 ちなみに身体に変化が訪れたのは何もミラーだけではない。

 私も最近、リンデル国から持参したドレスがいくつか緩くなってきたのだ。


 ふふふ、私もやれば出来るというわけだ!

 今後も続けていけることを期待して、つい先日ミラーと共に私の新しい服を探しに出かけた。



 けれど結局、私たちは一着も服を買うことも注文することもなく、大量の生地を手にして塔へと戻ってきたのだった。


 そして今、私はミラーお手製のエプロンドレスに身を包んでいる。

 以前もらったカーディガンの時も思ったのだが、ミラーは私の想像以上に手先が器用らしく、完成品は針子さんに頼んだものと同じくらいの完成度を誇る。



 料理はシェフ級で、編み物や手芸が得意で、剣術も素振りをみる限りではなかなかの美しさである。

 その上、姫様だった頃の手習いでピアノ、バイオリン、ダンスもしていて、その割に気取っている雰囲気は一切なく、城下町の人達との交流は盛んに行うわ、奥さん(仮)にここまで尽くすわ……ミラーに欠点ってないのかしら?


 ミラーはきっと身体さえここまで成長しなければ立派な姫様になれたことだろう。

 そう思うと少しだけ残念に思えてしまう。

 だがその一方で、この国に第二王子を姫様として育てる習慣さえなければ私はこの場に立っていないのだ。すると自然とミラーと出会うこともなかったはずだ。

 だとすればミラーのこの成長って私にとっては非常にありがたいものなのよね。


「おかわりいるか?」

「ええ」


 空になったカップには再び熱い紅茶が注がれる。

 このカップのように私はいつだってミラーに満たしてもらってばかりである。


「ねぇミラー。何か私にして欲しいことってない?」

「して欲しいことか。うーん、そうだな……」


 ミラーはカップをおいてしばらく唸るとようやく思いついたように手を打った。


「今月末に城下でお祭りがあるんだ。それに一緒に行ってくれないか?」

「いいけど、それはして欲しいことではないでしょ。もっと何かない?」

「うーん、そうだな……あ!」

「何かあったの!?」

「お祭り用にドレスを一着仕上げたいからまた手芸やさんに付き合ってくれ」

「……それもなんか違うような気がするけど」


 だがきっとどちらもミラーが私にして欲しいことなのだろう。

 何せミラーはすでにどういうデザインにするべきかと独り言を繰り返しながら、スケッチブックとカラーペンに手を伸ばしているのだから。


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