16.
二度目の買い物から数日が経ち、お待ちかねのお父様とリーグルからの手紙はやってきた。
二人は私よりも魔法を使うのが上手いからなのだろう、お父様の真っ白な毛並みのフクロウも、リーグルのきりっとした目が特徴的なコンドルも、そのどちらも窓を透過して入ってきた。
いつの間にリーグルはまた魔法を上達させたのかは知らないが、お父様の操るフクロウの方は小さな時からこうしてやってくることがあったため、私は特に驚きはしない。
だが一緒に就寝前のホットミルクを飲んでいたミラーには衝撃的な光景だったらしく、ビクっと体を振るわせる。
「な、なんで鳥が……」
「手紙よ、手紙」
「ああ、手紙か。それにしてもよくできてる。本物みたいだ」
ミラーはその子達が手紙とわかった途端に、鳥に手招きをして腕に乗せると楽しそうに頭をなでる。
ライオンを見せた時といい、動物が好きなのだろう。
一通り、二羽?の毛並みを堪能した後で「ごめん」と満足げな顔でこちらへと渡してくれる。
「おいで」
左右の手を広げて声をかけると二羽の鳥は羽ばたいて、私の手の上に着地すると姿を本来のものへと戻した。
「じゃあリュコス、おやすみ」
「おやすみなさい」
二通の手紙を手に、ミラーと分かれて自室へと戻る。
そしてまずはお父様からの手紙を開くことにした。
ツラツラとしばらく私の体調やらなんやらを気にする文章が並び、その後に本題へと入る。
こちらもお父様らしくいろいろと余計な装飾が加わるせいで難しいことのように思えるが、簡単に直してしまえばこうだ。
『リュコスの好きなようにしなさい』――とのことだった。
手紙の返信にやけに時間がかかると思っていたら、この数日で国王陛下との話し合いがあったらしい。
そこで両国間の認識の違いやミラーの人柄、ギルハザード王家の対応、そして私の心境などの諸々が考慮された結果、この結論に至ったらしい。
そして私の返答を踏まえて、ギルハザード王家と正式に会談する、と。
なるほど。状況にあまり変化はなさそうである――表面上は。
水面下ではいったいなにが起きていた、そして現在進行形で何が起きているのか知るべく、今度はリーグルの手紙の封を切る。
こちらは姉弟間の手紙だけあって非常に砕けている。
ミラーの料理が美味しかったとチラッと書いただけなのに、食べ過ぎには注意だよと真っ先に書くのは何ともリーグルらしい。
その後、私の現状を気遣うもといお母様と二人でミラーに興味津々だからまた手紙をよこせと催促が続く。
二枚ほど。
これでも押さえた方なのだろう。
後でこれでもかというほどにミラーの手料理自慢をする事にして、三枚目の手紙に目を通す。
するとリーグルは私の想像を裏切るような文章を並べていた。
手紙を見たお父様は話が違うと憤怒して王城に乗り込んだこと。
その手紙を見た陛下がわざわざクリストラ家まで謝りにきたこと。
そして一時は私を連れ戻す話まで出たらしい。
だが私からの手紙を見たリーグルと、リーグル宛ての手紙を見せてもらったらしいお母様は何とかお父様を止めてこの結論に至ったようだ。
『俺に感謝して、手紙を頻繁に出すように』
終わりには繰り返すように、そうくくられていた。
何ともリーグルらしい。
いや、お母様らしくもあるかしら。
魔法の都合上、宛名を連名にすると送り主がブレる可能性があるから、お母様とリーグル宛てにはできないけれど、次からはちゃんと二人に宛てて書くことにしよう。
もちろんお父様にも同じくらいの頻度で。
ミラーとの約束である一年後に選ぶのは帰るか帰らないかではなく、侍女か妻かの選択である。
こんな短い期間とはいえ、ミラー=ギルハザードという人を知ってしまったからにはもう彼を残して国に帰るという選択肢は私の中から消えていった。
だから侍女を選んでも、妻を選んでもきっと私はもうクリストラに戻ることはないだろう。
だから少しでも安心させられるように。
こっちに来て私は幸せだとわかってもらえるように手紙を出そう。
そして二通の手紙を閉じた私は早速筆をとる。
自由に選ぶことを許してくれたお父様に私とミラーが二人で選んだ道を、今の関係性を伝えるために。
翌朝、冷蔵庫の中身を補充するための買い出しに行く際に、前回と同じように鳥の姿に変えた手紙を空へと放った。
二羽の鳥は任せてくれと言わんばかりに私達の周りをくるっと一周回って空へと羽ばたいていった。
「リュコス、その……返事はどうだった?」
昨晩は気を使ってくれたのだろうミラーは聞きづらそうに横目で私の表情を伺いみる。
だから私は彼の前に立って、不安に揺れる瞳をまっすぐと見据えて答えてあげる。
「私の好きにしなさいって。つまりは現状維持ね」
「そっか。なら正式に奥さんに!」
「まだ一年経ってないでしょ。私、まだ侍女か妻か決めてないんだから。だからまだ奥さん(仮)よ」
「なら(仮)がとれるように頑張らないと」
ミラーはそういって笑う。
いつものように太陽のように明るい笑みで。
その瞳にはもう不安なんて残っていなかった。