14.
「そういえばミラーって手芸、得意なの?」
ピクニックが終わって、魔法道具を返した時のことである。
昨日の大量にあった糸が気になった私はちょうどいいタイミングだからと切り出してみた。
するとミラーは顎に手を当ててしばらくうーんと考える。
「得意かと聞かれると困るけど、姫として習わされたことにあったから一通りはできるよ。今でもしょっちゅう刺繍とか編み物はしてるし」
「そうなのね! 他には何を習っていたの?」
一通りと言われると他にはと気になって、ついついミラー相手だからと話を脱線させてしまう。
「えっと、基礎的な教養と王族論の他には刺繍に編み物、バイオリンにピアノ、ダンスに宝石やドレスの目利き……後は姫としてじゃなくて俺のワガママで、乗馬と剣術、体術と料理も習ったかな」
「いろいろと大変なのね……」
「どれも楽しかったから大変だとは思わなかったけど、リュコスは大変だった?」
「え?」
「王子様の婚約者だったんだろう?」
「……知ってたの?」
そう口に出してから、自分は何を馬鹿なことを言っているのだろうと叱責する。
ミラーだって、ギルハザード王国だって、そういう背景があるからここまで歓迎してくれているとわかっていたはずなのに何を勘違いしているのだろう。
何をここ数日ですっかりと馴染んでいる気になってしまっているのか。
唇を軽くかんでいるとミラーはそんな私に気づかずに筋肉のよくついた胸を大きく張ってみせる。
「そりゃあ奥さんのことですから! 少しでも知っておきたいでしょ!」――と。
「たとえば?」
「元婚約者さんとは仲が良かったのかなとか、俺でいいのかなとか……。まぁ今のリュコスがどう思っていようが、俺は気に入られるように頑張るだけだけどな!」
だからもっとリュコスのことを教えてくれと笑うその姿に、胸のあたりがじんわりと温かくなる。
ここにいる限り、おそらく私は貴族の娘であることを要求されることはないのだろう。
どう行動すれば利があるかなんてことよりも、純粋にたった一人の相手を喜ばせられればそれだけで嬉しくなれる――そんな関係でいいのだ。
「そう……なら私ももっとミラーのことが知りたいわ」
「リュコス……」
「ミラーは普段何して過ごしているの?」
「料理作ったり、筋トレしたり、剣の稽古をつけてもらったり。季節の変わり目には小物を作ったり、セーターとかカーディガンを編んだりもするな」
ミラーは指を一本、また一本とたてながら思い出すように空をみる。
料理はすでに披露され、胃袋まで捕まれている。
先ほどあげた習い事にも剣術とあったが、この剣の稽古と筋トレが彼の体を作っていると見て間違いはないのだろう。だがこれは一緒にってわけにはいかなさそうだし……残るは小物づくりと編み物である。
これなら一緒に出来そうである。
いろいろと話は脱線したが、これが当初話す予定だったことだ。
結果オーライと話は手芸へと持って行くことにする。
「私、カーディガンって作ったことがないの。もしよければ教えてくれない?」
「ああ、もちろん。そろそろ今年の分も編んでおきたいと思っていたところだし一緒に作ろうか!」
「ええ。よろしく頼むわ」
「なら早速明日にでも手芸屋さんに毛糸を買いに行こう」
城にバスケットを返しに行くのだというミラーは、ルンルンと今にもスキップでもしだしそうなほどに上機嫌で、本日五度目となる魔導エレベーターに乗り込んでいった。
そして翌日、宣言通りミラーと共に毛糸を買いに出かけることにした。
向かうのはミラー姫御用達の手芸屋さんで、ミックはミラー姫のお使いで通っているという設定らしい。
「その設定って必要なの?」
エレベーターに乗りながら、ミラーの顔を見上げる。
すると彼は「大事だ」と力強く頷いてみせる。
「男で手芸が好きって話はあんまり聞かないだろう?」
「よく聞く話ではないわね……」
「だから恥ずかしくて」
「え、なんで? いい趣味だと思うけど」
恥ずかしがるポイントがどこにあるのだろうか?
確かに少数派なのかもしれないが、多数派だからいいって話でもないだろうに。
「それに手先が器用なのはむしろ誇るべき美点でしょう」
だから誇っていいんじゃないかと言うと、ミラーの顔はみるみる赤く染まっていく。
「リュコスのそういうところ、俺は好きだよ」
恥ずかしげに両手で顔の半分以上を覆い隠して、けれど大胆に感情を告白するミラーはなんだか可愛く見えてくる。
「どうしたのよ、いきなり」
可愛いその人を見上げて「でも私もミラーの優しいところが好きよ」と、この機会に白状するとミラーはその顔をいっそう赤く染め上げるのだった。