13.
魔導エレベーターに乗って一気に最上階へ。
ドアの開いた先にあったのは屋上へと続く螺旋階段である。クルクルと五周分上り、目の前の金属でできたドアを開く。
すると勢いのいい風が顔に襲いかかってくる。
「すごい風ね」
顔に張り付いた髪を手で軽くとかす。
吹いたのはドアを開けた一瞬だけで、後はゆったりとした、地上とさほど変わらない強さの風が吹くだけだ。
少しひんやりとしているけれど、階段を上って暖まった体にはちょうどいいくらい。
「リュコス、ここでいいか?」
私が風を感じている間にミラーは早速用意していた敷物を取り出して床へと広げていく。それに気づいて逆側を持って広げるのを手伝うとミラーは嬉しそうに「共同作業だな」と嬉しそうにほほえむ。
彼にとってはこんなことすら喜びの対象なのだ。
「さぁ早く食べよう?」
「あ、ちょっと待って。先に手紙送っちゃっていいかしら」
敷物の上に座り込んで、バスケットの中からお皿やらフォークやらを取り出してお昼の準備を始めるミラーに二枚の手紙を見せて確認をとる。
早く送るに越したことはないだろう。
そう思ってのことだったのだが、ミラーはうーんと考え込む。
「手紙送るなら城に行かないと。この食器返す時に一緒に持って行くよ」
「いや、別に公式文書とかじゃないから今ここで送ろうと思って」
するとミラーは大きく首を右側へと傾けて、思いもよらないことを口にする。
「どうやって?」――と。
「どうって、変換魔法をかけて飛ばすのよ」
ミラーはどんなことを想像しているのだろうか。
いつもの要領で、手紙に変換魔法をかけて真っ白い手乗りサイズの鳥の形に変える。
変換魔法の中でも手紙を鳥へと変えるのは、平民の子どもでも使えるような簡単なものである。
これを狼などの大型の動物にしたり、はたまた水をワインに変えたりするのは一気に難易度があがり、私もまだ修得できてはいないのだが。
「別に珍しいことでもないでしょう?」
鳥になった手紙を真上へと押し上げると、承知したとばかりに空へと羽ばたいていった。
続けてもう一通も。
同じ封筒を使って、同じ術者がかけているため、全く同じような鳥が出来るわけだが、術者がよほどの初心者でもない限りは送り先を間違えることはない。
途中で体が損傷した際には手紙に戻ってしまうため、公式文書や重要な手紙などには使えないのは難点ではあるが、私のように封印魔法をかけておけば他の相手に見られる心配もない。
とても便利な魔法なのである。
そのためよく使われる魔法でもあるのだが……。
「ミラー?」
どうしてかミラーは私の手元に視線を固定させて、大きく目を見開いている。
「リュコスは魔法が使えるのか!」
「え、ええ」
敷物に座っていたはずのミラーは気づけば一気に距離を詰め、私の両手を力強く覆う。そんなミラーのすごい食いつきように思わず体を少し遠ざけてしまう。
「手紙を鳥に変えてしまうなんて、リュコスはすごいな!」
キラキラと輝かしい目をして、私の手を覆った手を上下にブンブンと振るミラー。
私たちはつい昨日、魔法道具を使ったばっかりである。それもミラーに貸してもらったものだ。
魔法道具が流通しているということは魔法が生活に組み込まれているということでしょう?
「王家からの手紙をこんな風にして送る機会は早々ないにしても、変換魔法なんてそう珍しいものでのないでしょう?」
しかもこんな簡単な魔法で何をそんなに感動しているのだろうと首を傾げてみると、ミラーはゆっくりと首を左右に振った。
「ギルハザードでは魔法を使える者が少ないんだ。だから小さい頃に何度か魔法使いに見せてもらった程度で、こうやって間近で見るのは始めてで……魔法って本当にすごいなぁ」
「魔法が使えないのって不便じゃない?」
「うーん、どうだろうな。少なくとも俺は不便に感じたことはないな。火を起こしたければ摩擦の原理を使って、水は川や地下から掬ったものを使えばいい。その他にも技術者がいろんな道具を開発してくれて、日々便利な世の中になっていく。もちろん魔法道具を使えば簡単にことは済むからあった方が便利なんだろうけど……」
魔法は私にとっては日常的なものだが、ミラーにとってはそうではないということか。
「ってことはあの染色魔法の道具って高価な品だったんじゃ……」
気軽に使ってしまったことに血の気が引いていく。
思えば染色専用の魔法道具というものを昨日のもの以外に見たことがない。
それも上限なしのものである。
変えたい時に変えればいいよとの言葉と共に借りたままの状態なのだが……。
ミラーの顔を見上げると、彼は「気にしないでくれ」と笑う。
ミラーの話によると、ミラーの成長期に入った段階で塔にこもるようになった際に兄から贈られた物らしい。
いつでも好きに模様替えが出来るように、と。
そんな大事なものを私に貸したままなのはよくないんじゃない?
下に戻ったら返して、また使いたくなったら借りることにしようと心に決める。
「ねぇ、リュコス。そんなことよりも何か他に魔法を見せてくれないか?」
『そんなこと』とくくっていい話ではないはずなのだが、爛々と輝いた瞳で催促するミラーに告げるのは野暮というものだろう。
心なしかさっきよりも手を包む力が強くなっている上に、興奮しているせいか手がポカポカとしてきて温かい。
もう何年も前に、握ったメイガス王子の手もこんな風に温かった。
たった一度だけのことで、王子はずっと嫌そうな顔をしていたからいい思い出ではないけれど。
でもなぜだかそれに似ていると感じたこの温度はなんだか心地よくてとても落ち着く。
「そうね……私、あんまり魔法は得意ではないんだけど、水魔法で作った動物を動かすお芝居は孤児院の子達に人気だったわ!」
魔法は体内魔力量の他にも想像力が試される。だからいくら教本通りにやっても平均的なものまでしか生み出せないのだから厄介である。
特に独創性が試される魔法なんかは教本の説明自体もおおざっぱなものばかりであまり得意ではない。
だがこの水魔法だけは別である。
まだ初級基礎魔法の一つである水魔法しか使えなかった頃、訪れた孤児院で見せたウサギを喜んでもらえたことがキッカケで猛特訓したのだ。
特訓と言っても、リーグル用にとお父様が買い与えた図鑑を借りて細部まで覚えては細かいところを直していっただけだが。
「水魔法で、ってことは水が動物の形になるのか!」
「ええ。小さなものだと拳大ほどのネズミ。大きなものだとライオンを作ってみせたこともあるわ」
それでも感動してもらえれば嬉しいもので、今のミラーのように子供たちが私に尊敬のまなざしを向ける度に、また一つまた一つとバラエティーを増やしていった。
今ではこうやって胸をはれるほどの特技の一つにまでなっている。
まさか他国でも披露することになるとは思わなかったけれど。
「ライオン!?」
「ええ、そうよ。見ていてね……っと!」
頭の中でライオンを想像してから、いでよと念じて大きく手を振り上げた。
何度も何度も繰り返しては修正していった、水でできた大きな獣は声なんて出ないはずなのに、ミラーの期待のまなざしに答えるかのように大きく口を開いてみせる。
図鑑でみたままのはずのその子は今日はいっそう誇らしげに鳴いているように見えた。
ミラーのために水で作ったリングの間にライオンを飛ばせてみたり、ライオンを数羽のウサギや鳥に変えてみる。
するとそのたびにミラーは手を打って、目を輝かせて喜んでくれるのだった。
私もミラーの声に応えるように次々に披露して……いつしか二人そろって塔の上にきた目的などすっかり忘れていた。
同時にお腹の虫がぐううっと悲鳴をあげなければ、私の魔力がつきるまでずっと続いていたことだろう。
「食べようか」
「ええ、そうね」
バスケットの中のお肉がたっぷりと入ったサンドイッチはもうすっかり冷えていた。
けれどそれもなんだかピクニックらしくて、ポットに入れてもらったスープをすすりながら笑い合うそんな時間が永遠に続けばいいと思えたのだった。