12.
「ただいま」
「おかえりなさい」
魔導エレベーターの到着する音に弾かれて、たった数時間ぶりのミラーに導かれるように駆け寄る。
「どうだったの!?」
もちろん真っ先に尋ねるのは私たちの今後についてである。
ミラーの右手に握られた、おそらくランチセットの入っているのだろうバスケットが気にならないわけではない。むしろふたが閉まっているのにお肉の香ばしい香りについ鼻がヒクヒクと動いてしまうが、それはまだオアズケである。
ミラーの顔を見上げてさぁと答えを尋ねれば、ミラーは困った表情を浮かべて頬を掻いた。
「よくわからないんだ」
「え?」
よくわからない?
それはどういうことなのだろうか。
首を傾げる私にミラーは言葉を続ける。
「はっきりとした答えはわからなかったが……それでも一応わかったことはあるんだ。ギルハザード王国側は当初、俺の妻か侍女が欲しいとリンデル国側に話していたらしい。俺は一応姫ってことになっているし、ご先祖様達も代々リンデル国のご令嬢をそれぞれの居場所へと迎えて生涯を共にしているらしい」
「ということは私が初めての例ではないということよね」
「ああ、そうだ」
ギルハザード王国がリンデル国以外の国と国交を深めているという話も聞かない。
だから王族の秘密といっていいのかはわからないが、こういう内密にすませたいことはリンデル国と行っているのだろう。
特にミラーは姫ってことになっているし、国内から嫁を探そうというのは無理な話なのかもしれない。
一代ならまだしも、何代にも渡ってお嫁さんを取り続けていればいずれはバレてしまうだろうし。
――とここまで考えてアレ? と気がつくことが一つ。
それもおそらくこの話の中で私にとって一番重要だと思われることが。
「ねぇミラー」
「なんだ?」
「つまりそれって来るのが侍女としてでも妻としてでもあまり変わらないんじゃないかしら?」
侍女としてやってきた場合でも生涯を共にするのであれば、変わるのは戸籍のことくらいである。
貴族の家に生まれたからには切っても切り離せないと思っていた跡取り問題なんて関係ないだろうし。
「ん? まぁ……そうだな」
なるほど。
通りでミラーは侍女と奥さんの違いをあまり重要視していなかったわけだ。
今だってきっと私が気にするから聞いてきてくれただけにすぎない。
とどのつまりはギルハザード王国王家と、私との間の結婚観に大きな違いがあったにすぎないのだ。
「ギルハザード王国としては今までと同様に、リュコスも生涯この国で過ごしてもらうつもりだったんだが、どこで食い違ったのか、その一番重要なところがさっぱりらしくて……。とりあえずリュコスにクリストラ家に話を聞いてもらって、それから納得がいかないようだったら国同士での話合いをしようってことになった」
「なるほど……」
お父様は知っていたのかしら?
思えばお父様は一度だって期間の話はしてなかったし。
一~二年で帰れると思っていたのは私の判断にすぎない。
やっぱりお父様の考えは知っておきたい。
「――っていうのが俺が聞いてきた内容です」
眉間にしわを寄せる私の顔の前でパチンとミラーは手をたたく。
「それでこっちが持たせてもらったランチセット。お腹も減ったし、早速ピクニックにしよう?」
「……ええ。そうしましょうか」
まぁいくら考えたところでお父様の頭の中が見られるわけではない。
ならば本人に聞くのが一番早い話である。
手紙も書いたことだし、ね?
細かいことはリーグルが教えてくれることだろう。なんならお母様も協力してくれるはずだ。
ならこんなに悩むことはないわよね。
再びドアの方へと体を反転させたミラーに続いて、私も二通の手紙を手にリビングを後にするのだった。