10.
お腹も満たされ、後やるべきことといえばカーテンの取り付けに布団カバーの取り替え、それに染色魔法の魔法道具を使った部屋の色彩替えである。
昨晩外したカーテンはともかく、カバーも魔法道具にたよってしまえばすぐにすむ話ではあるのだが、せっかくミラーが選んでくれたのだ。これは使わせてもらうことにしよう。
その代わり? ミラーには模様替えを手伝ってはもらう。
「リュコス、そっち持ってくれ」
「わかったわ」
まぁ主に指示するのも動くのもミラーなのだが。
テキパキとカバーの取り替えに引き続き、カーテンまで取り付けてくれたミラーはポケットから小さな箱を「はいこれ」と取り出す。
「これが染色魔法の魔法道具?」
「ああ。この箱に染めたい色と同じ色の物を入れてから対象物の一部に触れさせると色が変わるようになっている。色は俺の手持ちのものでリュコスが気に入るものがあればいいんだが……」
そう前置きをしてから部屋を立ち去ったミラーはとある箱を手にすぐに戻ってきた。
ずいっと目の前に差し出された箱の中には色ごとに仕切られて管理された大量の刺繍糸が並んでいた。
その糸の種類の多さにさすがお姫様ね! と心の中で驚きの声をあげてしまったのは仕方のないことだろう。
いろんな糸を収集しているだけならまだしも、どれも減り方がそれぞれで彼がこの糸を使っていることがわかるのだ。
きっとミラーのことだから刺繍も上手いんだろうなぁ……。
シルクのハンカチやクッションカバーにバラの刺繍を入れている姿が容易に想像出来る。
今度教えてもらおうかしら?なんてことを考えつつ、今はそれよりも色選びだと箱に並んだ色を見てどれにするかと吟味する。
「単純に白って言ってもいろんな白があるのね……迷うわ」
部屋一面のピンクの系統が様々だったことといい、この刺繍糸の色の多さといい、ミラーの中にある『色』の種類は私の想像の遙か上を行く。
とりあえずスタンダードに壁は白、床は茶色がいいわよね! なんて単純に考えていた数刻前までの私は今になってこんな悩むとは思ってなかった。
「うーん」
顎に手を当てて、こっちの色か? いやこっちの色の方が? なんて手にとっては戻しを繰り返す。
どれも綺麗な色でどれも捨てがたいのだがこうも選択肢が多いと、目当ての色のペンキを買ってきて塗った方が早かったんじゃないかとさえ思ってしまう。
ペンキならその専門店にでも行かなければこの刺繍糸から選ぶよりかはうんと選択肢が絞られていることだろう、と。
「どれがいいかしら?」
困りかねてミラーに助けを求めて視線をあげると、目の前の彼はふわりと笑う。
「この魔法道具と目当ての色がありさえすればいいから、今日はこの色で気に入らなかったら次の色、って軽い気持ちで選んでみるといいんじゃないか?」
「……その考えはなかったわ」
ふと魔法道具の方に視線をやってみると、そのどこにもカウンターらしきものは見つからない。
使用上限がある魔法道具には、詐欺などを防ぐ目的から本体のどこかしらに残量カウンターがついているものである。だがこの箱には見あたらない。つまりは使用上限のないタイプのものなのだろう。
目の前の色から選ぶことに夢中で全く気づかなかったわ。
「壁は白で、床が茶色がいいっていうなら俺のオススメはこれとこれかな」
目を見開く私に、ミラーはほんの少しクリーム色が混ざったような白の糸と、ロールパンのような茶の糸を差し出す。
先ほどから私が手にとっていた糸から目当ての系統色を察してくれていたのだろう。
手に乗せてみればこの中で一番しっくりとくる組み合わせのように思える。
「この色にさせてもらうわ」
箱の中に茶の糸を入れて床に置き、色が一瞬で変わったのを確認してから中身を白の糸へと変える。そして今度はピタッと壁にくっつけた。
「これでよしっと」
――そしてやっと『私の部屋』が完成したのだった。