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1.

 卒業――それはなんの変哲も無いただの通過点になるはずだった。


「お前にはほとほと呆れたよ、リュコス。まさか王子妃の地位欲しさに人を殺めようとするなんてな」


 婚約相手のメイガス王子さえそんな馬鹿なことを言いださなければ。



 それもよりによって卒業式後の講堂内。

 全生徒が出席していると言っても過言ではないその場所で彼はとある少女の肩を抱きながら私を罵った。

 私に呆れたとか言っているが、私はそもそもメイガス王子に対して呆れられるほどの好感度を学園入学よりも前から持ち合わせていない。

 昔から心の中でこの男を馬鹿だ馬鹿だと思ってはいたが、まさかこれほどまで馬鹿を拗らせているとは思わなかった。


 未婚の、それも婚約者や家族でもなんでもない女性の肩を抱くなんて貴族としての意識が欠けているのだと自分から叫び回っているようなものだ。


 ましてや彼は王族なのだ。


 周りの筆頭貴族達に白い目で見られているのに全く気にしていないところは図太いというかなんというか……よく考えれば強靭なメンタルは王族向きだと言えなくはない。

 言いたくはないが。


 さらに王子妃の地位欲しさに殺人未遂だなんて、普段の私達を見ていれば誰もがそんなことをするはずがないと証言してみせることだろう。


 なにせこの婚約は国王陛下と王妃様に頭を下げられて、私のお父様が仕方なく引き受けた婚約なのだから。


 ちなみに私は一度嫌だと断ろうとした。いくら陛下達の頼み事だろうとそれだけは無理だと。

 実際、いくら国王陛下とはいえ昔ならいざ知らず、権利が細分化されている現在では10大筆頭貴族達と同じくらいの権力しか持たないため断ることも不可能ではなかった。実際に他の貴族達も何家かは断っていたはずだ。



 だが6歳の小娘相手に頭を下げられては断るに断れなかったのだ。

 …………というわけで私とメイガス王子の婚約は我がクリストラ家が『結んであげた』に過ぎないのだ。

 だというのにメイガス王子ときたら、学園入学してからすぐに出生不明の女相手にうつつを抜かすわ、王族であることをいいことに身分の低い貴族や平民相手に権力を振りかざすわで最悪だった。


 それでも婚約破棄をしなかったのは、私がそうしてしまえば他のご令嬢がこの馬鹿王子と婚約を結ばなければいけないと知っていたからだった。


 さすがに幼い頃から何回も顔を合わせている彼女達にそんな手間をかけさせるなんて申し訳がない。しかも彼女達の婚約者だって顔見知りである。

 ただ私が我慢すれば、他の御令嬢・御令息の今までの日常が維持できるならば――と思っていたのだ。



 だがさすがに殺人未遂の罪をかけられてまでその役目を遂行してあげるほど私はお人好しではない。



 ほぼ全生徒及び教員が証言者となってくれる今、そして第2王子の持病が完治した今、私は何のためらいもなく彼へと提案ができる。


「私は王子妃の地位を得るために人を殺すなんて恐ろしい真似は出来ません。ですが王子がそこまで私への不信感を募らせているのでしたら、この婚約を破棄するというのはいかがでしょうか?」

「そんなことでフランを殺しかけたことをなかったことにでもしようというのか!?」

「ですから私はそのようなことはいたしておりません。もし私の言葉が信用できないとおっしゃるのでしたらどうぞ魔法省の鑑識官をお呼びしてお調べしてはいかがですか?」

「自分で墓穴を掘るなんて馬鹿な女だ」


 王子は鼻を鳴らして私を馬鹿にする。

 私はといえば特に心当たりはないし、そんなことよりも彼が『墓穴』なんて言葉を知っていたことに驚いた。


 私の知らぬ間にそんな難しい言葉を覚えているなんて……彼も少しは進歩していたのだ。その代わり全く変わっていない部分も色濃くあるからこそこんな事態になっているのだが。

 聴衆と化した生徒達はどうしていいのかも分からずにただ立ち尽くしているのが半数。そしてこれから起こることに興味があるため、早々に長居することを決め込んで座り始めたのが半数といったところだ。退室をしようとする生徒は見事に1人もいないのは驚きである。


 まぁこれで第1王子か筆頭貴族の令嬢の進退が決まるとなれば、傍観を決め込む以外はないのだろうが。


 だがこの講堂内で様子が明らかにおかしい少女が1人。

 メイガス王子はそのたおやかな肩をガッシリと抱いて、私を睨んでいるから気づきもしないのだろう。


 その少女はこの場から離脱したいといった様子でしきりに逃げ場を探している。

 そんなの明らかに自分がこれから不利な状況になるんですと白状しているようにしか見えないのだが、私には彼女を逃がしてやる義理もない。



 むしろ彼女が不利になるたびに私の立場は有利なものへと変わるのだ。

 存分に焦るがいい。



 王子が呼び出した3人の鑑識官が到着したのは数分後のことだった。おそらくは私に証拠を突きつけるべく控えさせていたのだろう。

 全く王族としての権利をこんなところで行使するのはいかがなものかと思う。

 鑑識官に頼めばどうかと提案した私も人のことはいえないが、貴族とは王族とは平民の上に立つ存在であり、その行動一つ一つに責任を負わなければならないのだ。


 今日のところはこれはメイガス王子の仕出かしたことであって、私に責任はないのでとりあえずその問題は横に置いておこう。


 私と、メイガス王子と少女の2組の真ん中に立つように鑑識官3人が一直線に並ぶ。


「それでは王子からいただいた資料に則って鑑識を始めさせていただきます。こちらに在席の方々、全員が証人になりますがよろしいでしょうか?」

「構わない」

「構いません」


 資料作成という慣れない事務仕事をあの馬鹿王子がこなしてしまうなんて……と感動しながら、鑑識官の1人が差し出した魔道具に手を当てて宣言する。


 これで私も王子も嘘などつけやしない。

 もとより嘘など吐く気はさらさらないのだが。

 そう、メイガス王子も嘘をつく気などないのだ。


 ……ただ彼の信じている、隣の少女の証言がまるっきり嘘だっただけで。




 私の言葉が真実で、彼女の言葉が嘘だと証明された時のメイガス王子の顔は絶望に染まっていた。




 少し前まで私の方が無実の罪で陥れられそうだったのに、可哀想だと思ってしまうほどには。


 まさか初めて愛した女性に嘘を告げられるとは思ってもいなかったのだろう。

 長い間、彼以外の世継ぎが産まれなかったこともあり、大事に育てられたメイガス王子は若干純粋すぎる節があるのだ。

 こう考えてしまうところはまだ彼への愛着が少しくらいはあるという何よりの証拠だろう。

 だが王子と結婚はしたくない。

 婚約破棄は出来るものならしたい。

 それに何よりこんなに事を大きくしてしまえば婚約破棄以外の選択肢などないのだ。


 呆然と立ちすくむ王子が何処からか事情を察したのだろう、宰相達に丁重に連れていかれたことによって卒業式は閉幕した。


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