地球歴2XX5年9月19日
地球歴2XX5年9月19日
風は歌だ。特に北風は美しい。女性のソプラノにそっくりだ。南風はピアノの音に似ている。初めは気持ち悪かったが、今では慣れた。
海を食い荒らす羽虫の大群が、タイフーンのように渦を巻き、不動の海を襲う光景は、どこか神々しくて、砂山のてっぺんに登り、一人眺めているときに、そんな音がわき起こると、ここは神様の脳みその中かもしれないという気になってくる。
地球では考えられないことしか起こらない。ある意味ですべての現象が反対だ。
海は陸に埋もれ続ける。けれど砂の下から、いつか海は現れる。
動く陸には何も育たない。その砂の中から魚は現れる。
空のどこからか花は音もなく落ちてくる。魚は花を食べ、蝶は蜜を吸い、ぱりぱりと音をたてて花に食われる。
生態系のない世界などあるのだろうか?
ああ、おまえたちがいてくれたら。その好奇心で、妙な悪運で、直観力で、冷静さで、ここを見てほしい。そうしたらすぐに、なにもかもを解明する糸口が見つかるんじゃないか。
俺たちも自然の一部なんだから。機械仕掛けの測定器より、動物の方がよほど敏感で確実なことは多い。
俺たちは、本当は理屈なんか飛び越えて知っていることの方が多いんだ。
だって、未だに宇宙の始まりはわからないだろ。俺たちはこの宇宙にこうしているのに。なんで猿が人間になったかなんてわからないだろ。俺たちは二本の足で立って歩いているっていうのに。
俺は、ずっと信じていることがある。
きっと、宇宙は始まりたくて始まったんだ。猿は立ちたくて立った。それだけなんじゃないかと。
俺は科学者なのにな。
世界は知らないことで満たされている。ここに来てそれを思い出した。
ここはフロンティアラインだ。
俺たちは神じゃない。万能でもない。賢者でもない。ここでは猿と似たようなものだ。思い上がりなんか吹き飛ぶ。
わくわくする。俺たちの未来には、まだ道があると思える。
おまえたちに出会った、あの頃のように。