「最後のじゃんけん」 ~じゃんけんで決めよう~
冬の海は予想以上に静か、だった。
それとも、それは波の音を、私の鼓動が打ち消していたから、だろうか。
少し前を『彼』が歩いていた。
周りは二人っきりの砂浜。その先にはずっと海が続いていた。
『彼』。付き合い出してもう8年。一緒に棲みだして6年。『長すぎる春』と世間では呼ぶのだろう。
この海にも二人で何度も来た。でもここ2、3年は…
…でも、冬に来たのは始めて、だった。
いつも饒舌で明るい彼。でも、今日はずっと何かを考え込んでいる様だった。
…少し怖かった。
『未来』の話をしてくれるのだろうか。幸せに満ち溢れる将来の話を。
それとも…
『過去』の話をされるのだろうか。楽しかった昔の話を。
気が付くと波打ち際まで来ていた。
彼は振り向いて、私を見つめていた。
呟くように、彼が、言った。
- じゃんけんで決めようか。
いつも優しい、…優しかった彼は二人の意見が別れると、いつも言ってくれていた。
「じゃんけんで決めよう」、と。
そして、必ず『チョキ』を出す私に、彼はいつも『パー』を出してくれていた。
…我儘な私にいつも負けてくれていた。
これが、最後のじゃんけんになるのだろうか。
泣きそうになるのを必死に堪えながら、頷いた。
- じゃんけん!!
空元気を振り絞って、笑顔を作って、右手を大きく振り上げた。
…しかし、彼は微笑んではくれずに。
振り上げた手を先に下ろしたのは、私の方だった。
最後の約束の『チョキ』を出して。
彼は、それを見た後、ゆっくりゆっくりと拳を下ろした。
彼が、初めて『グー』を出したのを見た。
多分、これが最初で最後の『グー』。
泣きそうなのを堪えて微笑んで…
…周りが良く見えなくなっている私に、彼が、やっと笑顔を送ってくれた。
そして、
彼は、
ゆっくり、
ゆっくりと、
拳を開いて、約束の『パー』を。
その掌の上には、目映いばかりの。
…婚約指輪が輝いていた。