#9
俺は夕日に染まった街を歩きながら、横を歩くくたびれたような様子の少女に話しかける。
「災難だったな。いや、お前の場合自業自得だが。」
「だ、大丈夫でしたわ。私の持っている刃物は少し細工すれば合法的な刃渡りになりますし……」
キラキラと夕日を反射するナイフを弄びながら夜霧は弁明する。
高い身体能力とナイフ捌きの達人である彼女なら、もしかしたら通り魔の犯人足りうるかもしれないと一瞬思った。
すると彼女は見透かしたように微笑む。
「前にも言いましたが、前科は水無月さんを追いかける上で枷となりますわ。出来ることならそんなリスク犯しませんの。」
殺すとしても東雲ですわ。と物騒なことをぼやいている。
でも確かに筋は通っている。いくら夜霧とて見ず知らずの人間を手の込んだ方法で殺めるほど理性は吹き飛んでいない。
「人間の頭部は体重の十五パーセントほどを占めますし、煮ても焼いても食べられないような肉片を持ち帰る気が知れないですわね。」
パチン、とホルスターにナイフの収まる小気味よい音が閑静な帰り道に響く。
それから無言で二人並んで歩くと、周りの家とは明らかに違う建物が横に現れた。
白塗りの高い壁はどこまでも続くかのように長く、少し先には門が見える。洋風な門にアンバランスな表札が掛かっていた。
ここが、夜霧の家だ。家というより城だが、彼女はここで生まれ育った故今更違和感など感じないようだ。
「じゃあ、ここでお別れだな。」
「あら、両親もいませんし部屋も空いてますわよ。何なら私との愛の巣にするのも……」
熱烈な視線がやけに突き刺さるが、気にすることなく背を向ける。
「お気をつけてくださいまし、水無月さん。」
通り魔の件もあり、その言葉はやけに重たく感じた。
××××
「この水無月さんの横顔、素晴らしいですわ……引き伸ばして額縁に入れてお風呂に飾りたいくらいですわね。」
横に並んで帰宅するという幸運にも恵まれ、夜霧のスマホの「水無月フォルダ」は大きく潤った。
「やはり東雲とかいう悪い虫が邪魔で目の上のたんこぶで目障りですわね。同僚だからと言って水無月さんに失礼な態度をとるだなんて腹立たしいですわ。」
大理石の湯船に肘をつきながら薔薇を浮かべた湯に浸かる彼女は毒づく。
「しかし、世の中は不思議なものですわ。」
約一年前。水無月は夜霧にとって運命の人どころか、世の中で最も殺したい人間であった。