#8
頭部のない切断遺体。この研究所の近くで起こったその通り魔は、俺たちの背筋を凍らせるには十分であった。
「なんだよ、これ……」
「最近物騒だとは言ったが、これほどとは予想外だ……」
アナウンサーは身元の確認が取れた被害者の名前、年齢を並べる。
被害者は、若い女性だった。
東雲はそれを聞くと腕を組み難しい顔をする。
「若い女性を狙った犯行、か。……しかし不可解だな。頭部を切り離すにはかなりの力が必要だ。」
「犯人が男だとして、物盗りでも強姦でもねえとなれば狙いは何なんだろうな。」
東雲の呟きに重ねて、俺も不思議に思ったことを呟いてみる。
「一番怖いのは、殺すこと自体が目的であることだろう。恨みを買った覚えのない私たちも、そこを歩けば殺すに足りるのだろう。」
もし東雲の推測が正しいのなら、はた迷惑な話である。
おまけに、現場はほのかさんの弁当屋からさほど離れていなかった。
「この道、今度から迂回するか……」
「ああ、私は家が反対方面だから通らなくて済むが……用心した方がいいな。」
いつの間にか三つ目の菓子パンの袋を開けていた彼女は、赤すぎるイチゴジャムを見て複雑そうな顔をした。
××××
「ん〜……」
事件現場の近くということで、ほのかは警官に簡単に取り調べを受けていた。
しかし路上で、任意のものであるため別にほのかを容疑者と断定したりしているものではない。
聴取も終わり、伸びをしていると後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。
「あら、ほのかさん。今日はお弁当屋はお休みですの?」
「ごめんねえ、やぎりん……なんだか、すぐ近くで怖い事件があったみたいなの〜。昨日の夜からパトカーさんのおかげで眠れてない〜……」
ほのかは眠そうな目を擦り、大きな欠伸をする。
しかし思い付いたように手を叩き、にこやかに微笑んだ。
「あ、でも〜。やぎりんが来てくれたならお弁当作ってあげるよ〜。」
そう言ってとてとてと、店の奥に姿を消す。
残された夜霧は録音した水無月の携帯の音声をイヤホンで楽しみ始めた。
黒いナイフを砥石で尖らせながら、不愉快ではあるが東雲の言葉に注意深く耳を傾ける。
「当たり障りのない内容ですわね、聞くだけ損でしたわ。」
イヤホンを外し、鋭さを増したナイフの先端を指で撫でる。
そんな時、とんと右肩を叩かれた。
ぞくりと走る嫌な予感。
手の主は振り向く夜霧より早く、こう言った。
「警察です。君、危ないもの持ってるね……ちょっと話を聞かせてくれる?」