#7
震える携帯の通話ボタンを押すと、優しく柔らかい口調が耳に入ってきた。
「タイムマシン……といっても、難しい理論についてはさっぱりですけれど。完成おめでとうございます。水無月さん。」
「ああ、ありがとう。ところで何の用だ?何か今ので不審な点でもあったか?」
一応今の俺らは、東雲の過去を探る共犯者なのだ。盗聴器もあえて、俺の携帯にセットされたものは壊していない。
「万能細胞、とのワードからまな板女の声が少し変わりましたわ。」
言われても気付かないほどの、些細な変化。それを盗聴器越しに聞き分ける夜霧は何者だろうか。
「なーんだか、きな臭いと思いますのよ。きっと世のため人のため愛する水無月さんのため、ここはきちんと解き明かした方がよろしくてよ?」
確かに、東雲の怯え方は不可解であった。そこまで彼女を追い詰めるものは何なのか、出来ることなら突き止めたい。
「ああ、そうかもな。ただ東雲に危害を加えないようにしてくれ。」
「すっぱり活け造りにして差し上げましょうと思っていたのですけれど。」
冗談かどうか分からない声の温度だった。
この刃物フェチのストーカーは何をやらかすか分からない。服の裏地にはナイフ用のホルスターが夥しい数付いていることも、それを冗談には思わせない。
「冗談ですわ。前科はあなたの妻になる上で邪魔ですもの。」
やはり、常識があるのか無いのか分からない。が、頼りにはなる存在だった。
「ですので……調べてみますわ、彼女の過去を。」
どうやって、と俺が聞く前に電話は切れてしまった。
××××
「どうしたものか……」
銀の髪の先端をくるくると弄りながら、研究室に備えられたテレビでニュースを見る。
もちろん左手にはチョココロネ、右手にはドーナツが握られているが東雲の表情は真剣そのものだった。
「東雲、入っていいか?」
「既に半歩入ってるが。いいぞ、隣にでも座るといい。コーヒーを出してやろう。」
水飴状の甘すぎるコーヒーは勘弁だと、俺はやんわりと断った。
「なあ、東雲。中央で研究をしていた時、何があったんだ?お前の力になりたいんだ、良ければ聞かせてくれ。」
夜霧任せではいられない。俺も、何か出来ることがしたいという気持ちだった。
それを聞いた東雲は少し嬉しそうな顔をしたが、それも束の間だった。
「すまない、秘匿事項が多くてお前にも話すことは出来ない。」
騙された、のくだりはきっと口が滑ったのだろう。ほとんど過去については話してくれない。
今日は諦めて帰るか、と伸びを一つしたところでニュースが近くの地名に言及した。
「ここ、意外と近所だな。何かあったのか?」
ブルーシートがかけられ、黄色と黒のテープは物々しさを助長している。
アナウンサーはやがて、ここで起こった事をつらつらと並べ始めた。
「昨夜の午後十時頃、ここで通り魔が発生した模様です。被害者は鋭利な刃物で首から上を切断されており、頭部はまだ見つかっておりません。」
それはあまりに、現実離れした現実だった。