#6
出来てしまった。
俗に言うタイムマシンを作り上げてしまった時、達成感と驚愕で思わず声が漏れた。
その瞬間、ドアを蹴破らんとする勢いで血相を変えた東雲が飛び込んできた。
「どうした水無月……!怪我か、病気か……!?」
しかし彼女は部屋の中を見回すと、安堵したような呆れたような表情でため息をついた。
「……お前は誰もいない研究室で大声を出すのが趣味なのか?そうか、邪魔したな。」
踵を返し出て行こうとする彼女に、今起こった事を簡潔に伝える。
「……タイムマシンが、完成した。」
「ほう?」
もう一度踵を返すと、彼女は俺の横の椅子に腰掛け机に鎮座する金属の塊とヘルメットに視線を落とした。
××××
「理論上は、完成したのだな。だがこれをどうやって説明する?」
砂糖の入れすぎで水飴のようになったコーヒーを啜りながら、東雲は懐疑的な視線でタイムマシンを眺めた。
「要するに、精神だけを過去に飛ばし上書きする。つまり未来の記憶を保有した人間が生まれるんだ。」
なるほど、と言うもののあまり腑に落ちていないような顔で東雲はコーヒーをかき混ぜた。
「で、試運転はしたのか?」
「いや、これからするところだ。」
一匹のラットを連れてくると、ヘルメットを小さなものに付け替え頭に装着される。
「結局、自分を観測することの出来る人間に使わないと証明は出来ないけどな。だからとりあえずの安全を確保してから……」
スイッチを押す。
ラットにさほど変化は見られなかったが、次の瞬間彼の頭は赤い風船を割るように吹き飛んだ。
東雲と俺は、絶句した。
「……お前は、タイムマシンじゃなく脳みそを沸騰させる電子レンジでも作ったのか?」
「無害なはずだったんだけどなあ、理論上は……」
ラットの無残な骸を片付けていると、東雲が口を開いた。
「ヘルメットのサイズを小さくした時に出力を下げなかったのが、きっと原因だろう。ほら……これで良いのではないか?」
彼女はもう一匹のラットを連れてくると、ヘルメットを被せた後出力を低下させた。
スイッチを押しても、彼の命は保たれた。ただ、不可解な出来事が起きたらしく少しパニックを引き起こした。
しかしその後数分もすれば落ち着き、障害の残っている素振りも無かった。試運転自体は、成功だ。
「ただ、な。」
東雲は少し残念そうに続けた。
「この装置でかかる負荷は正常な人間でも一回が限度になるだろう。それ以上はきっと、脳が破壊される。……水無月、多分お前は一度きりでも耐えられないだろう。」
脳科学を専門とする彼女の言葉にはずっしりと説得力があった。
「なら、万能細胞で俺の脳がもし治れば……」
それを聞いた彼女は、苦い顔をする。
「実現する可能性はかなり低いと思っていてくれ。この機械を改良せずにお前が使うことは出来ない。試運転なら私が手伝ってやるから。」
励ますように、肩をぽんと叩いてくる。
しかし俺は、「万能細胞」という言葉を聞いた東雲の顔が何だか頭から離れなかった。
そして東雲はコーヒーを飲み終え、カップを片付け出て行った。
彼女に、使用禁止との張り紙が貼られたヘルメットをしまい込んでいると不意に携帯が震える。
画面は、夜霧からの着信を示していた。
盗聴器は、あえて破壊しなかった。それが夜霧に対する答えだった。