#5
窓の外から、雀の鳴き声が入り込んできた。
突然現れた夜霧の言葉は胸に引っかかったまま、俺の眠りを妨げた。
「あ、夜食……無駄にする訳にもいかないし朝飯がてら食うか。」
夜霧が何か盛っているかとも思ったが、こういう時の夜霧は案外真人間であることを知っている。
空きっ腹のせいか、漆箱に詰められていた料理はあっという間に胃に収まった。好みの味付けを完璧に把握されていることも、今回ばかりは許した。
××××
「あ、ほのかさん。」
「あら、みーくん……もう体は大丈夫〜?頭痛くない〜?」
研究所までの道を歩いていると、見慣れた茶髪のふわふわとしたお姉さんが箒で落ち葉を集めていた。
「やぎりんから聞いたのよ〜、過労はよくないよ〜、ちゃーんと休むんだよ〜?」
ぷくりと頬を膨らまし、額をつつかれる。
夜霧はほのかさんから料理を習っていたこともあり、二人はかなり仲が良くなっていたのだ。俺の情報もほのかさんから流れるため、夜霧にとってストーキングも捗るらしい。
「気を付けます、ありがとうございます。」
すると思い出したようにほのかさんは店に入り、小さな包みを持ってきた。
「はい、これ。サンドイッチだからお昼に食べてね〜?」
天真爛漫な彼女の笑顔は、不思議とこちらまで暖かい気分にさせてくれる。
しかし、別れ際の声は少しいつもと違う気がした。
「みーくん、気をつけてね……」
××××
研究室に戻ったが、東雲は姿を表さない。いつもなら菓子パンを持って俺の近くに来ては朝飯を済ませていくのだが。
まあ朝食にしては遅い時刻でもある、一人で済ませたのだろう。
「夜霧……あいつは、何が目的なんだ?」
嫌いな人間の弱みを握るだけなら、別に俺を巻き込む必要なんてないだろう。
モヤモヤした気分と裏腹に、機械を細やかに弄る手はすいすいと進む。
いつもつまづいていた部分すら、今日は明快にピースが並んでいく。
これは、出来るかもしれない。
黙々と、俺は自分の世界に没入していった。
××××
「……水無月の発作の原因は、私だ。私が近付かなければ起こることは無い。なら私があの研究を承認し中央に移れば……」
東雲はある意味最も難しい問題に頭を悩ませていた。
水無月にとって、私がいることはプラスにならないかもしれない。発作を引き起こす頻度からしても、マイナスである点が多く感じられた。
なら、私が身を引けば。
もしかしたら、万能細胞の研究に戻れば彼を治してあげられるかもしれない。
水無月の研究室に入ろうかと、ドアの前で葛藤していたがやがて彼女は離れた。
今会っても、彼が発作を起こしてしまっては良くない。ましてや、今は夕方だ。このまま会わずに帰るのが一番だろう。
そう思っていたのだが。
研究室から彼の間抜けな叫び声が聞こえた瞬間には、もう右手がドアノブを回していた。