第82話 幸せの数
「ほんと〜にあれで良かったの?」
「……お前に関係あんのか?」
ひとまず長老会議は終了し、リアムは一人で外に出ていた。戦うことを決めた獣人に、リアムも多少は力を貸すことを約束した。その後、シガルドは地面に額を擦り付けて謝罪したがリアムは既に興味を失っており、とりあえず村長を辞めさせることで許すことにした。
アリサ達は会議の一触即発の空気に疲れたらしく、最初に与えられた個室で休んでいる。
「やだな〜。そんなこと言わないでよ〜」
そんなリアムの隣にはウリエルがいた。なぜかリアムについて来たのだ。
「はぁ。別に、獣人を助けたい訳じゃない。さっきも言ったが、俺は家族とアマクサ村を守れたらそれでいいからな。でも、だからと言って獣人を見捨てるのはルナも嫌だろうしな」
「……君、案外冷めてるね。自分が良ければそれでいいって?」
リアムの揺らがない姿勢にウリエルはジト目を向ける。だが、それでも変わらない。
「そういうことだ」
「あは、面白いね〜。君は一応勇者でしょ?みんなを幸せにしてあげたいとか思わないの?」
「はぁ?流石だなクソ天使。お前らは何の役に立たないくせに、理想だけはご立派だ」
そのリアムの言い草に、流石のウリエルも腹を立てる。だが、ウリエルが言い返す前にリアムが続けた。
「ーー幸せは人の数よりも少ない。それなら俺は、俺と俺の大切な人のために、他者を蹴落としてでもそれを手に入れる」
ウリエルを真っ直ぐ見つめるリアムの目には、強い意思が灯っていた。その意思のあまりの強さに、ウリエルは思わず息を呑む。
「俺はなんでも守れる訳じゃない。もう手一杯なんだよ。だから、他の奴らの面倒までは見てやれねえ」
「……そっか〜」
それきり、ウリエルは興味を失ったように黙り込んだ。リアムも特に何も言わない。
「………」
「………」
太陽が少しずつ沈んでいく。夕日を浴びる神木は眩しいくらいに美しかった。
「……やっぱり、ボクたちは嫌い?」
その綺麗な光を浴びるウリエルが、ふいにリアムに尋ねた。その目は真剣そのものだ。
「嫌いだ。お前達は偉そうにしてるだけで何の役に立たない。少なくとも、俺から見ればな」
だからこそ、リアムは正直に答えた。あの日、なぜ天使が来なかったかはもう知っている。だが理解はしていても納得できる訳ではない。
「だからと言って、別にお前らに危害を加えるつもりはない。舐めくさったことさえしなければな」
「………」
ウリエルは何も言わない。リアムも別に言葉を求めなかった。
「んじゃ、俺は中に戻るわ」
リアムは黙ったままのウリエルに背中を向ける。
「人間は何か新しい兵器を作ってるみた〜い。しかも〜、かなりの技術が使われてるって〜」
その背中にウリエルはいつもの軽い口調で、しかし重要な情報を明かした。リアムの足が止まる。
「新しい兵器……?」
「そ。ボクの部下から報告があってね〜。でも、詳しいことは分からないみたい」
「……そうか」
リアムはそう答えると、また歩き出そうとする。
「君はどうするのさ。本当にアマクサ村に篭っておくだけ?」
「さあな、まだ決めてねえよ。ただ……」
そこでリアムは振り返る。その目には、ドロドロとした暗い感情が渦巻いていた。
「俺の大切なものに危害を加えようとしてるんだ。人間共には痛い目を見てもらうさ」
それだけ言うと、今度こそリアムは神木の中へ戻ってしまった。
「人間共、か」
残されたウリエルは一人で呟く。
「君はもう、人間であることをやめてしまったんだね」
ウリエルはリアムが去っていった方を見る。その黄金色の瞳に映る感情が何なのか、それを知る者は一人もいなかった。
〜〜〜〜〜
「グラム大陸に行こうと思う」
イガラシハウスに着いたリアムは全員を居間に集まると、唐突にそう切り出した。
長老会議はまだ続いている。だが、リアム達の役目も終わり、あまり長居してもまた騒動を起こすかもということもあってので、戦争のことを村に伝えるためにイガラシ一家だけ帰ってきたのだ。
「グラム大陸って……また突然だけど、もしかして先手必勝とか考えてる?」
アリサは怪訝そうな顔をしている。リアムのことを戦闘狂と思っているところがあるため、そう考えたのだろう。
「違う違う。敵情視察だって。あのクソ天使に聞いたんだがな、どうやら人間は新しい兵器を作ってるらしいんだ。兵器ってのがどんなのか分からないけど、偵察に行っとこうかなって」
兵器という単語に聞き覚えがないが、恐らく武器のようなものだろうとあたりをつけている。だが、戦争は事前に敵を知る必要がある。
「兵器……ですか」
「ん?知ってるのか?ミサキ」
「一応ですが……知ってます。私のいた世界には、確かに兵器と呼ばれる物がありました。ですが……この世界であれが作れるとは思えません」
「そうか。まあ、実際に見て確かめるのがいいだろうな」
そして、あわよくば破壊しようと思ってる。リアムはそう続けた。
「とりあえず明日にでも行こうと思ってる。まあ転移を使えばすぐだから、一日か二日ぐらいで帰ってくるよ」
「え?私も行くよ?」
「私も行きますよ?」
「……は?」
さも当然と言うアリサとミサキに、リアムは目を丸くする。そしてため息を吐いた。
「はぁ。あのな、俺がやろうとしてることは多少とは言え危険を伴ってるんだ。連れて行けるわけないだろ?」
「嫌」
「おい、アリサ……」
「私、これまでずっと待ってるだけだったもん。もうそんなの絶対に嫌。私もリアムの力になりたい」
「私もですよ。私だって、もうリアムさんを見送るだけなんて嫌です」
「………」
2人の決意は固かった。その目からは拒否を許さないと威圧がかかってき、何故か身震いするリアム。彼女達の意思を曲げることは出来ないと諦めることにした。それは何より、そう言ってもらえたのが嬉しかったからなのだが。
「……ルナもほんとは行きたいけど、ルナは戦えないしお留守番してる」
ルナは頰を膨らませ、薄っすらと涙を浮かべながらボソボソと呟いた。悔しいのだろう、自分だけ力になれないことが。
「ルナ」
だから、リアムは優しく語りかける。
「ルナが家にいてくれたら、俺は絶対に帰ってこなきゃって思える。ルナだって、俺の力になってくれてるよ」
「……うん」
渋々とだが、ルナはしっかりと頷いてくれた。リアムも頷き返す。
「よし、じゃあ出発は明日。何が起きるか分からないから完全武装、尚且つ身軽な格好で。すぐに帰るつもりだから食料とかはいらない。これでいいな?」
アリサとミサキは緊張した面持ちだ。戦争の準備をしている敵陣に乗り込むのだから当たり前だろう。
「ま、心配すんなって。何があっても俺が守るから」
リアムはそう言って気軽に笑う。覚悟を決めた彼女達に。
〜〜〜〜〜
翌日、イガラシハウスの玄関にリアム達は立っていた。偵察に行く3人は黒いローブを身につけている。
「行ってらっしゃい!ちゃんと、帰ってきてね?」
「任せろ」
リアムはルナの頭をわしゃわしゃと撫でる。
「さっさと用事済ませてすぐ帰ってくるから」
「それまでちゃんとお留守番してて下さいよ?」
アリサとミサキもルナの頭を撫でる。ルナは気持ちよさそうに目を細めた。
「じゃあ行こう」
リアムはそう言って転移をしようと魔力を高める。と、
「ちょっと待ってよ〜」
そこにウリエルの、いつも通り気の抜けた声が投げ込まれた。そちらを向くとウリエルと数人の天使がこちらへ来ていた。
「なんだ?」
「ボクも一緒に行くよ」
「邪魔だ。来んな。失せろ」
「むっ、そこまで言わなくてもいいんじゃないかな〜?」
即答したリアムのあんまりな答えに、ウリエルは頰を膨らませて抗議する。だが、リアムは冷めた目を向けた。
「あのな、お前を連れて行くことになんか利点があるのか?天使ってだけで目立つし、そもそも昨日も言ったが俺はお前が嫌いだ。そんな奴と一緒に行ける訳ないだろうが」
「そうかな〜?人間に見つかっても、ボクがいればある程度は誤魔化せるし〜」
「………」
「あと〜君に兵器の存在を教えたのってボクでしょ?せっかくボクが教えてあげたのに、そのボクの同行を拒否するってどうなのかな〜」
「……クソが。好きにしろ」
「は〜いっ!好きについて行きま〜す!」
最終的に折れたリアムが頭を抱えながら答えると、ウリエルは嬉しそうにぴょんと跳ねた。アリサ達は苦笑している。リアムは気持ちを切り替え、そちらを向いた。
「既に想定外の事態が起きたが、やるべき事は変わらない。今から転移するから、掴まってくれ」
そう言ってリアムは腕を差し出す。アリサとミサキはその腕を掴んだ。
「うへ〜。君に触るの嫌なんだけど」
「俺も嫌だから、お前は一人で行け」
「え〜やだよ〜。疲れるじゃん」
ウリエルはさもめんどくさそうに答えるが、リアムは既に聞いていなかった。魔力を高め、座標を指定する。目的地は、グラム大陸で筆頭に立ち戦争の準備をしているらしいフュラケー王国。リアムにも因縁のある場所だ。
「よし、転移ぶぞ」
リアムがそう言って転移ぶ直前、ウリエルはリアムの腕を掴んだ。嫌悪より便利を選んだらしい。後でウリエルをしばくことを決意すると、体を駆け巡る嫌悪感を押さえ込んで、リアムは転移を発動させた。




